天の川銀河の奥のほうに、39個の古い星団が浮かんでいる。その一つひとつの年齢と成分を、ハッブル宇宙望遠鏡がかつてない精度で測り直した。すると星団たちは3つの「家系」に分かれ、そのうち一つは、この銀河の生まれではなかった。

よその銀河から来た星団が、天の川のふところに紛れ込んでいた、ということだ。

大きな銀河は小さな銀河を飲み込んで育つことを示すイラスト

大きな銀河は、最初から大きかったわけではない

白状すると、私は長いあいだ、銀河というのは生まれたときから今の姿で、あとは静かに歳をとるだけだと思っていた。実際はまるで違う。

今わかっているのは、大きな銀河ほど、小さな銀河をいくつも飲み込んで大きくなったということだ。星の集まりどうしがぶつかり、混ざり、一つにまとまる。これを「合体(マージ)」と呼ぶ。

イメージとしては、大都市が周りの町や村を何度も合併して広がっていく歴史に近い。核になる街があって、周りを取り込みながら少しずつ大きくなる。銀河も、生まれたての小さな塊が寄り集まって育ってきた。

小さな銀河が合体を重ねて大きな銀河になる段階を示す図

天の川銀河も、その例外ではない。むしろ、飲み込んだ相手の「食べ残し」がいちばん詳しく調べられている銀河だ。なにしろ私たちは、その銀河の内側に住んでいる。外から全体をながめられない代わりに、飲み込まれた星のすぐそばまで近づいて調べられる。

では、何億年も昔に飲み込まれた銀河のことを、どうやって今さら知るのだろう。

飲み込まれた銀河は、星団になって残る

ここで少し立ち止まってほしい。合体してから何十億年も経てば、飲み込まれた小さな銀河はバラバラにほどけ、星は天の川の中にすっかり溶け込んでしまう。もう「よその出身」だとは見えないはずだ。

ところが、まるごと溶けずに残るものがある。「球状星団」だ。

球状星団は、数十万から数百万個の星がボールのようにぎゅっと固まった、とても古い星の集団をいう。中心ほど星が密集していて、重力で強く結びついている。だから親の銀河が引き裂かれても、この塊だけは崩れずに生き延びる。飲み込まれた銀河の、いわば形見のようなものだ。球状星団は宇宙でもとりわけ古い天体で、銀河そのものが形をなす前から星を抱えていたものも多い。

面白いのはここからだ。星団には、出身地の「刻印」が残っている。

一つは年齢。もう一つは、水素やヘリウムより重い元素(天文学ではまとめて「金属」と呼ぶ)がどれだけ含まれるかという成分だ。星は生まれる場所と時代によって、素材となるガスの成分が違う。だから同じ場所・同じ時代に生まれた星団は、年齢も金属量もよく似た値をとる。重い元素は、前の世代の星が一生を終えるたびに少しずつ宇宙に増えていく。だから遅く生まれた星ほど金属を多く含む傾向がある。逆にいえば、この2つを精密に測れば、どこで生まれた子なのかを言い当てられる。

星団は年齢と重い元素の量で出身が分かれることを示す散布図

39個の星団が、3つの家系に分かれた

そこで研究チームは、天の川銀河の内側およそ2万光年の範囲にある39個の球状星団に狙いを定めた。2万光年というと、天の川全体の差し渡し(およそ10万光年)の、中心寄り5分の1ほどの領域にあたる。

ハッブル宇宙望遠鏡でそれぞれの年齢と金属量を測り、位置や動きの精密なデータはヨーロッパのGaia(ガイア)衛星が補った。Gaiaは星の位置と動きをひたすら測り続ける観測機で、どの星団が同じような軌道を描いているかを見分ける役目を担う。同じ銀河から流れ込んだ星団は、今も似た動き方をしているからだ。

その結果、39個の星団はきれいに3つのグループに分かれた。天の川で生まれた最も古い一群。そして、あとから合体で流れ込んだと考えられる二群。

研究チームも、この3つ目の家系にはしばらく気づかなかったらしい。年齢でいうと、以前から知られていた「ガイア・ソーセージ・エンケラドス(GSE)」由来の星団より古く、天の川生まれの星団よりは若い。ちょうど中間の、宙ぶらりんな一群がいたのだ。

チームはこの3つ目の家系を、かつて別々の論文が提案していた仮説上の銀河の名前をつなげて「LKH(Low-energy-Kraken-Heracles)」と名づけた。長らく正体のはっきりしなかった飲み込みの犯人が、星団の年齢と成分から浮かび上がってきた、というわけだ。

LKH ── 約118億年前の、最初の大きな一口

研究チームの見立てでは、天の川がLKHを飲み込んだのは約118億年前。ビッグバンから、まだ20億年ほどしか経っていない頃だ。

この数字、最初は誤植かと思った。宇宙が生まれてほんの2億年…ではなく20億年、つまり宇宙全体の年齢のごく初期に、天の川はもう大きな一口を食べていたことになる。

スケールがつかみにくいので、宇宙138億年の歴史をまるごと1年のカレンダーに縮めてみよう。ビッグバンが元日の午前0時、今が大晦日の夜。この目盛りだと、LKHを飲み込んだ「約118億年前」は、まだ2月下旬のできごとだ。天の川は年明け早々に、もう共食いを始めていた。

天の川銀河が飲み込んだ銀河を古い順に並べた年表

LKHがどれほどの相手だったかというと、星の質量にして太陽およそ5億個分。生まれたばかりで、まだ小さかった当時の天の川にとっては、無視できない大物だ。この一口が、今の銀河の骨格の一部になっている。

その後もメニューは続く。約100億年前にはGSEを飲み込み、これは天の川の円盤を大きく揺さぶったと考えられている。さらに新しいところでは、いて座矮小銀河(さそり座ではなく、いて座の方向にある小さな銀河)を60億年以上前から飲み込み続けている。

一連の研究成果は、ボローニャの研究チームが2026年8月、学術誌ネイチャー・アストロノミーに報告した。39個という数はまだ入り口で、測れる星団が増えれば、天の川の献立はもっと細かく復元できるはずだ。

共食いは、まだ終わっていない

さて、ここまで昔話のように書いてきたが、天の川の食事は現在進行形だ。いて座矮小銀河の飲み込みは、今まさに続いている。

引き裂かれた小さな銀河の星は、細く長い川のように引き伸ばされ、銀河のまわりを取り巻く。これを「ステラーストリーム(星の流れ)」と呼ぶ。飲み込まれた側が最後に残す、ほどけかけた糸のような痕跡だ。

もしあなたが天の川銀河の外側、暗いふところに立って空を見渡せたら、星がまばらな帯になって頭上を横切っているのが見えるかもしれない。それは、かつて独立した一つの銀河だった星たちが、引きちぎられながら列をなして流れていく姿だ。ひとつながりだった集団が、重力に引き伸ばされて空にほどけていく。

こうした星の流れや、金属量のばらついた古い星の動きを一つひとつたどると、天の川がこれまでに「何を食べてきたか」の献立が、少しずつ復元されていく。飲み込まれた側の痕跡から、飲み込んだ側の生い立ちを読む。逆さまのようだが、それが銀河考古学のやり方だ。

夜空の天の川に、よその銀河が混ざっている

大きなものは、たいてい小さなものの積み重ねでできている。会社も、都市も、そして銀河も。天の川という巨大な渦は、初めからそこにあったのではなく、いくつもの小さな銀河を飲み込んだ結果として、今の姿になった。

夏の夜、空にうっすらとかかる天の川。あの淡い光の帯の中には、はるか昔に天の川自身の一部だった星と、よそから飲み込まれてきた星とが、見分けもつかないほど混ざり合って回っている。

次にあの帯を見上げるとき、そこに1軒の大きな家ではなく、何度も増改築を重ねた古い街並みを思い浮かべてほしい。壁の一枚一枚に、飲み込まれた小さな銀河の名前が刻まれている。