正直、この数字を最初に聞いたとき、計算間違いかと思った。
銀河の中心にあるブラックホールの質量は、ふつう銀河全体の恒星質量の0.1〜0.5%程度だ。ところが、2026年3月に発表された研究では、ある矮小銀河の中心ブラックホールが、その銀河の恒星質量の最大60%を占めていると報告された。
60%。つまり、銀河そのものより「ほぼブラックホール」に近い状態になっている。しかもそれが、宇宙誕生から70億年ほど経った、比較的「最近」の宇宙でも見られるという。これはいったいどういうことなのか。
ペリアスとネレウス、2つの奇妙な銀河
発見の舞台となったのは、ペリアスとネレウスと名付けられた2つの矮小銀河だ。赤方偏移(宇宙が膨張することで光の波長が伸び、銀河が遠ざかる速さを示す指標)でそれぞれ約0.71と0.75に位置する。宇宙の年齢は138億年だが、この2つの銀河を見ると、約70〜75億年前の宇宙の姿が見えていることになる。
矮小銀河というのは、名前の通りとても小さな銀河のことだ。天の川銀河は星が2,000〜4,000億個ほどあるとされるが、今回のペリアスとネレウスの恒星質量はわずか約1,000万太陽質量。天の川の1万分の1以下の規模しかない。
そういう「小物」の中心に、場違いなほど巨大なブラックホールがひそんでいた。オーストリア科学技術研究所のエドゥアルド・イアーニ氏を筆頭とする研究チームが、JWSTのデータを詳しく解析して明らかにしたことだ。
なぜ「場違い」なのか
銀河とブラックホールには、奇妙なほど似た比率がある。
宇宙のいたるところにある大きな銀河を調べると、中心の超大質量ブラックホールの質量は、周囲の恒星の総質量のだいたい0.1〜0.5%に落ち着く。なぜそうなるかは、実は完全には解明されていない。でも、さまざまな銀河で同じような比率が出てくるので、「銀河とブラックホールは何らかの形で共に成長してきた」と考えられてきた。
それが今回、60%なのだ。
通常の0.5%と比べると120倍以上の割合になる。たとえ話にするなら、「普通の家なら玄関が部屋の0.5%くらいのスペースを占めるのに、この家は玄関だけで部屋の60%を占めている」ようなものだ。住む場所がほとんどない。
さらに驚くのは、この矮小銀河の小ささだ。研究者たちは「星形成も活発で、若い銀河に見える」と言う。可視光や紫外線で観測すると、元気いっぱいの若い星形成銀河としか見えない。ブラックホールの存在は、ほぼわからない。
ダストの向こうに隠れていた怪物
秘密が明らかになったのは、JWSTが赤外線で観測したときだった。
ダスト(宇宙塵)は可視光を遮るが、赤外線は通り抜けることができる。JWST(ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡)は赤外線専用の巨大な宇宙望遠鏡で、ハッブルではとらえられなかった「ダストの向こう」が見えるのが最大の強みだ。
JWSTがペリアスとネレウスを観測すると、「星形成だけでは説明できない中赤外線の異常な超過」が検出された。研究者の言葉を借りれば「恒星では説明できない強い赤外線放射」だ。
これは、ブラックホールが周囲のガスを激しく飲み込む際に発生する「降着円盤」からの放射が原因だと考えられる。ブラックホールにガスが落下するとき、摩擦で猛烈に加熱され、明るく輝く。可視光は周囲のダストに遮られて外に出てこないが、波長の長い赤外線は突き抜けてくる。JWSTはその「隠れた輝き」をとらえた。
中赤外線での超過放射量を分析した結果、ブラックホールの質量は最大で銀河の恒星質量の60%に達すると算出された。
「銀河が先か、ブラックホールが先か」という問い
この発見が揺さぶるのは、宇宙論の根本的な問いだ。
長い間、研究者たちは「銀河の成長とブラックホールの成長は、なぜこれほど連動しているのか」と議論してきた。両者がほぼ一定の比率を保つという事実は、「何らかのフィードバック機構が働いている」ことを示唆する。ブラックホールが成長しすぎると強烈なエネルギーを放出してガスを吹き飛ばし、星形成を抑制する。逆に、星形成が活発だとガスが消費されてブラックホールへの供給が減る。そうして均衡が保たれる、という理論だ。
ところが、今回のペリアスとネレウスは、ブラックホールが銀河の成長をはるかに超えて巨大化している。
考えられる説明のひとつは「超エディントン降着」だ。通常、ブラックホールが飲み込める量(エディントン限界)には上限がある。しかし、初期宇宙では周囲にガスが豊富にあり、その限界を超えた勢いでブラックホールが成長した可能性がある。ブラックホールが「食べ放題」の状態になり、銀河の恒星形成より先に急激に太ったというわけだ。
もうひとつは、「ブラックホールが銀河より先に生まれた」という考え方だ。宇宙の最初期に、まだ銀河が十分に形成されていない段階で、ブラックホールの種(種ブラックホール)が存在したという仮説がある。JWSTが観測した初期宇宙のデータはこの「種ブラックホール仮説」を支持するものが多く、今回の矮小銀河の発見もその流れに沿っている。
「過大なブラックホール」は珍しくないのかもしれない
実はJWSTが登場してから、「銀河に対して大きすぎるブラックホール」の発見報告が相次いでいる。
2026年5月には、宇宙誕生後わずか8億年の銀河2つで、ブラックホールが銀河より速く成長していることが確認された。これは赤方偏移7〜8という非常に遠い過去の宇宙での話だが、今回のペリアスとネレウスは赤方偏移0.7という「比較的近い宇宙」でも同じことが起きているという報告だ。
つまり、「過大なブラックホール」は宇宙の初期だけでなく、中程度の過去でも存在していたということになる。
これはどういう意味を持つか。従来の考え方では、「宇宙が現在に近づくほど、銀河とブラックホールは落ち着いた比率に収束する」と思われていた。しかし、どうも矮小銀河という小さなサイズでは、このバランスが崩れやすいのかもしれない。矮小銀河はそもそも質量が小さく、ガスを保持しにくいため、一度ブラックホールが暴走すると止める仕組みが弱い、という解釈もある。
研究者たちは「これは氷山の一角ではないか」と指摘する。JWSTの観測はまだ始まったばかりだ。過去に可視光だけで見てきた宇宙では、こうした「ダストに隠れたブラックホールが暴走している矮小銀河」を見逃していた可能性が高い。
「銀河とブラックホール、どちらが主役か」
天文学には長い間「共進化」という言葉で語られてきた概念がある。銀河とその中心ブラックホールは、互いに影響しながら同じくらいのペースで成長する、という考え方だ。
しかし、今回の発見はその「共進化」の前提に疑問を投げかける。少なくとも一部の矮小銀河では、ブラックホールが先走りして銀河を追い越した、あるいは最初からブラックホールが主役だった可能性がある。
「銀河の中にブラックホールがある」という言い方は正確なのか。「ブラックホールの周りに銀河がある」と言ったほうが実態に近い天体が存在するのかもしれない。
JWSTはこれからも宇宙の過去を掘り続ける。おそらく次の数年で、このテーマに関するデータはさらに積み上がっていく。銀河とブラックホールの関係をめぐる物語は、まだ書き直しの途中だ。
参考: E. Iani et al., “JWST Reveals Two Overmassive Black Hole Candidates in Dwarf Galaxies at z≈0.7”, submitted to Astronomy and Astrophysics (2026)