小麦粉も砂糖もバターもない台所で、なぜかクッキーが焼き上がっていた。研究者が矮小銀河の一つの星を見たとき、起きていたのはそういうことだった。

材料がほとんどない原始的な銀河で、星が「ちり」を作っていたのだ。しかも、ほぼ鉄だけで。宇宙のちり(宇宙塵、うちゅうじん)は、惑星や私たちの体をつくる材料になる固体の微粒子だ。本来なら、重い元素がたっぷり揃っていないと作れないはずだった。

その常識が、いま少し揺れている。

私たちは、星のちりでできている

夜、掃除機のごみパックを開けると出てくる、あの綿ぼこり。宇宙のちりはあれとは違う。星のまわりや銀河の中を漂う、目に見えないほど小さな固体の粒だ。ススや砂の細かいやつ、と思ってもらえばいい。

このちりが、意外と主役級の仕事をしている。ガスとちりの雲が集まって重力で縮み、その中心で星が生まれ、まわりの残りかすから惑星ができる。地球の岩も、海の水も、あなたの骨のカルシウムも、血の中の鉄も、もとをたどれば宇宙のちりだ。

しかもちりは、冷たい宇宙空間で分子が育つ足場にもなる。粒の表面に原子がくっついて、水や有機物のもとが少しずつ組み上がる。ちりの乏しい宇宙では、そもそも星も惑星も生まれにくい。

つまりちりは、宇宙が惑星や生命をつくるための「材料の粉」なのである。粉がなければ、パンも惑星も焼けない。

宇宙のちりが集まって星と惑星になり、その材料が生命につながる流れを示した図

だからこそ、天文学者は昔から一つの問いを追いかけてきた。この材料の粉は、そもそもどこで、いつ作られたのか。ここからが本題で、個人的には一番好きな部分だ。

ちりの工場は、星の晩年にある

ちりは、宇宙のどこかにポンと湧いて出るわけではない。ちゃんと「工場」がある。主な工場は二つだ。

一つは、年老いてふくらんだ星。太陽くらいの重さの星は、一生の終わりに大きくふくらみ、表面からガスと一緒にちりを吐き出す。こういう星をAGB星(漸近巨星分枝星、年老いて膨張した段階の星)と呼ぶ。もう一つの工場は超新星、つまり重い星が最期に起こす大爆発だ。

どちらの工場も、共通の条件がある。ケイ素やマグネシウムといった、水素やヘリウムより重い元素が材料として要る。ふつうのちりは、これらの元素が結びついた「ケイ酸塩(シリケイト)」でできているからだ。砂やガラスの親戚、と思ってもらえばいい。

ちりの2つの工場と、その材料に重い元素が必要なことを示した図

ここまでは、教科書に書いてある話だ。ところが、その材料がまだほとんど存在しなかった時代がある。星が生まれては死ぬのを何世代も繰り返して、ようやく重い元素が宇宙に溜まっていく。工場を動かす前に、まず工場を建てる材料そのものを待たなければならないのだ。

材料のない台所では、クッキーは焼けない——はずだった

宇宙が生まれたばかりの頃、そこにあったのはほぼ水素とヘリウムだけだった。ケイ素も鉄も酸素も、まだ世界にほとんどなかった。これらの重い元素は、星が何世代も生き死にを繰り返す中で、少しずつ宇宙にばらまかれていったものだ。

天文学では、水素とヘリウムより重い元素をまとめて「金属量」と呼ぶ。金属量が低いほど、その場所は宇宙の初期に近い、原始的な環境ということになる。

ここで少し立ち止まってほしい。ちりの材料が重い元素なら、材料がなかった初期宇宙では、ちりもろくに作れなかったはずだ。冒頭のたとえで言えば、小麦粉も砂糖もバターもない台所である。何を混ぜても、クッキーの生地にはならない。

ところが、遠くの初期の銀河をJWST(ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡)で観測すると、話が合わなくなる。モデルの予想を超える量のちりが、そこに見つかったのだ。材料がないはずの時代に、なぜかちりが大量にある。理屈では作れないものが、望遠鏡の先には確かに写っている。この食い違いが、天文学者を長く悩ませてきた。

答えは、400万光年先のタイムカプセルにあった

では、どうやって確かめるか。本物の初期宇宙は遠すぎて、個々の星まで見分けるのが難しい。あまりに遠いと、銀河はぼんやりした光のしみにしか見えない。そこで研究チームが目をつけたのが、近所にある「そっくりさん」だった。

Sextans A(セクスタンスA)という矮小銀河。距離はおよそ400万光年で、天の川銀河の直径(約10万光年)を40個ぶん並べたあたりにある。宇宙のスケールではご近所さんだ。この銀河は金属量が太陽の3〜7%しかない。重い元素が太陽の20分の1ほどしかない、うんと原始的な環境なのだ。

太陽に比べてSextans Aの重い元素が20分の1しかないことを棒で比べた図

近いから、中の星を一つひとつ見分けられる。遠すぎてぼんやりとしか見えない本物の初期宇宙の代わりに、条件がそっくりな近所の銀河でリハーサルを見る。いわば、初期宇宙のタイムカプセルだ。しかも今このSextansAから届いている光は、400万年も昔に出発した光でもある。

もしあなたがこの銀河に立って夜空を見上げたら、そこはひどく静かで、重い元素の乏しい、宇宙が若かった頃の空に近いのだろう。研究チームは、その空の下でJWSTのカメラ(NIRCam)と中間赤外線の装置(MIRI)を向けた。

鉄だけでできた、ありえないはずのちり

そして見つかったのが、冒頭のクッキーだ。ある高質量のAGB星が、ちりを作っていた。しかもそのちり、ほぼ丸ごと鉄でできていた。

これはかなり意外な結果だ。ふつうのちりの材料であるケイ素やマグネシウムが、この銀河にはほとんどない。研究チームのマーサ・ボイヤー氏によれば、これほど金属量が低い環境では、こうした星はちりをほとんど作れないと予想されていた。研究者たちも最初は、この星がまともにちりを作れるとは思っていなかったわけだ。

星は、手元にある材料でやりくりした。ケイ酸塩のレシピが使えないなら、鉄でちりを焼く。ほかにも炭化ケイ素や、ススに似た有機物の粒(多環芳香族炭化水素、PAH)といった、変わり種のちりも見つかっている。台所の常識とは違う作り方で、ちゃんと粉を作っていたのだ。ないなら、あるもので焼く。

鉄のちりと聞くと、なんだか地味に思えるかもしれない。だが、その一粒一粒が、のちの惑星や生き物のもとになる材料の候補だ。星は不器用でも、材料を無駄にしなかった。

この銀河は「最初のちりっぽい銀河たちの設計図」を見せてくれる。主著者のエリザベス・タランティーノ氏はそう語っている。この成果は査読付きの学術誌『Astrophysical Journal』に掲載された。関連する研究は、2026年1月のアメリカ天文学会の会合でも報告されている。

遠くの銀河の見え方が、少し変わる

面白いのはここからだ。この鉄のちりには、やっかいな性質がある。光をよく吸うのに、はっきりした「指紋」を残さない。分光観測で調べても「ここに鉄のちりがあります」と名乗り出てくれないのだ。

つまり、これまでJWSTが遠くの初期銀河で見てきた大量のちりの中に、こっそり鉄のちりが混じっていた可能性がある。ボイヤー氏は、この鉄の粒が遠方の銀河のちりの多さに一枚かんでいるかもしれない、という見方を示している。材料がないはずの時代にちりが多い。その長年の食い違いに、一つの筋道が通りはじめる。

初期宇宙は、私たちが思っていたよりずっと器用だった。材料が揃うのを待たず、あるものでちりを作り始めていた。研究チームは、ちりの作り方が想定よりもっと多様だったと考えている。私たちの体の材料は、思っていたより早くから、少しずつ用意されていたのかもしれない。

そう思って自分の手のひらを見てみる。その血の赤い色は、鉄が酸素を運んでいる色だ。宇宙が若かった頃、材料の乏しい銀河の片隅で、星が不器用に焼いた鉄の粒。その遠い親戚が、いま体の中をめぐっている。