ビッグバンからわずか6億年ほどの、生まれたての宇宙。そこに、赤く小さな点がやたらと散らばっている。JWST(ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡)が2022年に観測を始めてすぐ、研究者たちはこの正体不明の点に気づいた。
数が多い。そして、明るすぎる。
もしこの点が一つひとつ「銀河」なら、宇宙は誕生から間もない時期に、ありえない速さで巨大な天体を組み上げてしまったことになる。それは今の宇宙論と真正面からぶつかる。「宇宙論が壊れた」とまで言われた、この赤い点。その正体に、ようやく一つの答えが出た。
赤い点が突きつけた「育ちすぎ問題」
まず、この赤い点が何者だったのかをはっきりさせておきたい。
JWSTが見つけたこの天体群は「リトルレッドドット(little red dots、小さな赤い点)」と呼ばれている。集団として見ると、ビッグバンから約6億年後という、宇宙のかなり早い時期にもたくさん見つかった。赤くて、小さくて、やたらと明るい。それだけが分かっていて、中身が分からなかった。
問題は、その明るさをどう説明するかだった。
ふつう、天体が明るいのは星がたくさん集まっているからだ。だからこの点を「星の大集団=銀河」と読むと、まだ若い宇宙にもう成熟した大きな銀河があったことになる。
これがまずい。星をそれだけ作るには時間がかかる。ビッグバンから6億年しか経っていない宇宙では、どう計算しても間に合わない。研究者の間では「初期宇宙で銀河が育ちすぎている」「これでは宇宙論が壊れてしまう」という声が上がった。リトルレッドドットという天体群そのものが突きつけた宿題だ。
見えているものをどう解釈するかで、宇宙の歴史そのものが揺らぐ。赤い点は、それくらい厄介な相手だった。
30時間の観測で、光を成分に分解する
謎を解く鍵は「色をもっと細かく見る」ことにあった。
ここで研究チームが使ったのが、JWSTに積まれた分光器NIRSpec(近赤外分光器)だ。天体の光をプリズムのように細かく分解して、どの波長がどれだけ強いかを並べる。この「光の成分表」をスペクトルと呼ぶ。
スペクトルには、その天体が何でできているか、どんな状態かが指紋のように刻まれる。赤い点を「明るい・赤い」の二語でしか語れなかったのが、急に何百もの手がかりに変わる。
調べた相手は「GLIMPSE-17775」という一つのリトルレッドドット。テキサス大学オースティン校のヴァシリー・ココレフ氏が率いる研究チームが、JWSTで約30時間かけて観測した。この天体は赤方偏移3.5、つまりビッグバンから約18億年後の宇宙にある。集団としてのリトルレッドドットほど極端に古い時代の天体ではないが、それでも遠く、暗い。
ここで地球の自然がひと役買っている。
この天体の手前には銀河団エイベルS1063があり、その重力がレンズのように後ろの光を曲げて束ねていた。重力レンズ効果と呼ばれる現象だ。おかげで30時間の観測が、実質80時間分に相当する濃さになった。宇宙が、自前の虫眼鏡を貸してくれたようなものだ。
たった30時間の元手で80時間ぶんの情報を引き出せたのだから、この虫眼鏡の貢献はばかにできない。これがなければ、赤い点はもうしばらく謎のままだったかもしれない。
「鉄の森」と、繭に包まれたブラックホール
そして、ふたを開けたスペクトルが予想を裏切った。
GLIMPSE-17775の光からは、40本を超える特徴的な線(輝線・吸収線)が見つかった。これだけ多くの線が一つの天体からきれいに出てくること自体が、ただの星の集団では説明しにくい。
中でも目を引いたのが、鉄が出した16本もの吸収線が密集した部分だ。研究チームはこれを「鉄の森(iron forest)」と呼んでいる。木が立ち並ぶ森のように、細い吸収線がびっしり並ぶ様子からきた呼び名だ。これだけ濃い鉄の指紋が並ぶには、相当に高密度のガスが光の通り道を覆っていなければならない。
鉄という元素が、ここで効いてくる。鉄は星の内部や星の最期でしか作られにくい、いわば宇宙の「年季」を示す物質だ。それが濃く存在するということは、この天体のまわりではすでに何世代かの星の営みが進んでいたことを意味する。
ここからが、この発見の一番面白いところだ。
スペクトルにはほかにも、ヘリウムが光って同時に吸収もされている様子や、電子が光をあちこちに散らしている痕跡が刻まれていた。
このうち電子の散乱は、地味に見えてかなり効いている。光があちこちに弾かれるには、光源のまわりに電子を含んだ濃いガスが層になって取り巻いていなければならないからだ。ヘリウムが光りつつ同時に吸収もされるのも、内側に強い光源があって、その外をガスが覆っている、という二重構造をうかがわせる。
これらを一つひとつ並べていくと、ばらばらだった手がかりが一枚の絵に収束する。研究チームが描いたのは、こういう姿だ。
中心に、ぐんぐん成長中の巨大ブラックホール。その周りを、高密度の半電離ガス(電気を帯びた粒子と中性の粒子が混じったガス)が分厚く包んでいる。まるで繭だ。
このモデルを、研究チームは「ブラックホールスター(BH*)」と呼ぶ。星ではないが、分厚いガスをまとった姿が一見すると星のように見える、という意味合いだ。
40本超の線、16本の鉄の森、ヘリウムの光と吸収、電子の散乱。これらすべてが、繭に包まれたブラックホールという一つのモデルで素直に説明がついた。研究チームは、これをBH*シナリオを支持するこれまでで最も強い証拠だとしている。
見方を変えたら、宇宙論はぶつからなくなった
正体がブラックホールなら、最初の「育ちすぎ問題」はどうなるのか。
ここが、今回の発見の本当の肝だと思う。
赤い点を「星の大集団」と読むと、あの明るさを出すために大量の星が必要で、初期宇宙ではそのぶんの星を作る時間が足りなくなった。ところが光源がブラックホールなら、話がまったく変わる。
ブラックホールは、周りのガスを飲み込むときにすさまじいエネルギーを放つ。少ない元手で、けた違いに明るく光れるのだ。だから観測された明るさを説明するのに、巨大な星の集団はいらない。研究チームによれば、ブラックホールの質量はそこまで大きくなくても、見えている光は十分に出せるという。
つまり「初期宇宙で銀河が育ちすぎている」という矛盾は、そもそも前提のほうが間違っていた可能性が高い。育ちすぎた銀河を見ていたのではなく、ガスをまとったブラックホールを、銀河と見間違えていた。今回はっきり正体が割れたのは18億年後のGLIMPSE-17775だが、同じ読み違いがもっと古い時代の赤い点でも起きているなら、集団としての「育ちすぎ問題」もほどけていく。
壊れたと思った宇宙論は、壊れていなかった。見ているものの読み方が違っていただけだった。
この「見間違い」が一つ確定したことの意味は大きい。空にちらばる赤い点の少なくとも一部に、同じ解釈が当てはまるかもしれないからだ。確定したのはまだGLIMPSE-17775という一つの天体だが、同じ手口で次々と仲間の正体が暴かれていく予感がある。
「同じ光景でも、知っていると違って見える」
最後に、少し視点を引き上げたい。
私たちが望遠鏡で受け取るのは、結局のところ「光」という一種類の情報でしかない。その光に何が映っているかは、こちらの解釈しだいで姿を変える。同じ赤い点が、ある日は「育ちすぎた銀河」に見え、ある日は「繭に包まれたブラックホール」に見える。
身近なところでも、これに似たことは起きる。夜空のひときわ明るい一点を、惑星だと知って見るのと、恒星だと思って見るのとでは、同じ光なのに見え方がまるで違う。知識が、目に映るものを書き換える。
GLIMPSE-17775という名前のついた、約18億歳の宇宙にいた赤い点。その光が、気の遠くなるほどの時間をかけて旅をして、JWSTのセンサーに届いた。同じ光をしばらく前まで人類は「謎」と呼び、いまは「ガスの繭をまとった成長中のブラックホール」と呼んでいる。
光そのものは、何も変わっていないのに。