宇宙誕生から3億年。その頃の宇宙がどんな姿だったか、想像できるだろうか。
人類の文明の歴史が約1万年、地球の年齢が約46億年として、宇宙の138億年という年齢を1年のカレンダーに縮めると、3億年という時間は1月2日にも達しない。年が明けてすぐの、まだガスと塵が渦巻くだけの混沌の時代だ。
そこに、あってはならないものがあった。
「あるはずがない」銀河の発見
2024年、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)を使った観測プログラム「JADES(JAdes Deep Extragalactic Survey)」が、ひとつの記録を塗り替えた。観測史上もっとも遠方の確認済み銀河として、「JADES-GS-z14-0(ジェイズ・ジーエス・ゼットフォーティーン・ゼロ)」が認定されたのだ。
赤方偏移(z=14.32)。この数値は、宇宙が現在の約15分の1の大きさしかなかった時代、つまり宇宙誕生から約3億年後の銀河からの光をとらえていることを意味する。
数字だけ見ても実感が湧かないかもしれないが、問題はその「大きさ」にある。この銀河の質量は太陽の約5億倍。星の数が多い、という意味だ。さらにサイズも直径1600光年(参考までに、天の川銀河は約10万光年)と、当時の銀河にしては際立って大きい。
正直なところ、研究者たちも驚きを隠せなかった。宇宙論の標準的なモデルでは、銀河がここまで育つには「もっと時間が必要なはず」だったのだから。
理論が追いつけない成長速度
なぜ「あるはずがない」のか。銀河の成長には段取りがある。
まず、ビッグバン後に宇宙が冷えるにつれて水素とヘリウムのガスが集まり始める。このガスが自分の重力で収縮し、最初の星が生まれる。星が集まって原始的な銀河になる。原始銀河同士が衝突・合体を繰り返しながら、だんだんと大きな銀河に育っていく——この流れには、相当の時間がかかると考えられてきた。
それが「ΛCDM(ラムダCDM)モデル」と呼ばれる標準的な宇宙論の予測だ。暗黒エネルギー(Λ)と冷たい暗黒物質(CDM)を骨格にした、現代宇宙論の最前線の枠組みである。
JADES-GS-z14-0の質量は、ΛCDMモデルが「宇宙誕生3億年後に存在できるはずの銀河」の上限を大きく超えている。モデルは銀河の成長に時間的な縛りを設けているのだが、この銀河はその縛りを無視したように「早く」育ってしまっている。
さらにもう一つ驚きがある。この銀河からは酸素の存在も検出された。酸素は宇宙が誕生した直後にはほぼ存在しない。水素とヘリウムだけで始まった宇宙に酸素が生まれるのは、重い星が誕生・進化・爆発(超新星)を経ることで初めて可能になる。3億年という短い時間に、すでに何世代ものサイクルをこなした星の証拠があるということだ。
どうすればそんなに早く育てるのか
現時点では仮説の段階だが、研究者たちはいくつかの方向で説明を模索している。
暗黒物質の濃集、という説がある。宇宙の大規模構造は、目に見えない「暗黒物質」の分布に従って形成される。もし初期宇宙のある領域に暗黒物質が偏って集まっていたとすれば、そこにガスが引き寄せられ、銀河の種が通常よりも早く育つかもしれない。
もう一つは星形成効率の問題だ。現在の銀河では、ガスのうち星に変換される割合は意外に低い。しかし初期宇宙では条件が違った可能性がある。高密度で高温のガスが素早く冷えることで、効率よく星が生まれた環境だったとしたら?
そして最も根本的な可能性として、ΛCDMモデル自体を修正する必要があるという議論もある。これはかなり大きな話で、現在の宇宙論の枠組みそのものを問い直すことになる。JADES-GS-z14-0は一例に過ぎないが、JWSTはこのような「モデルを超えた」銀河を複数発見しつつあり、それが単なる外れ値なのか、理論の欠陥を指すのかは現在も調査中だ。
JWSTが可能にしたこと
そもそも、なぜ今になってこういう発見ができるようになったのか。答えは単純で、JWST以前にはそこまで遠くを見ることができなかったからだ。
JADES-GS-z14-0からの光は、134億年かけて地球に届いた。ということは、我々が見ているのは「134億年前の姿」であり、現在のその銀河の状態は不明だ。宇宙望遠鏡は、事実上「タイムマシン」として機能している。より遠くを見るほど、より昔の宇宙を見ることになる。
JWST(ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡)は2021年末に打ち上げられた赤外線観測専用の宇宙望遠鏡で、ハッブル宇宙望遠鏡の後継機として設計された。最大の特徴は、光学では届かない「赤方偏移した光」、つまり遠方の銀河が放つ赤外線を精密にとらえられること。遠くなればなるほど、宇宙の膨張によって光は赤外線側に引き伸ばされる(赤方偏移)。JWSTはこの波長帯に特化しており、ハッブルでは届かなかった時代の銀河を鮮明に観測できる。
また、JWST は口径6.5メートルの主鏡を持ち、ハッブルの口径2.4メートルと比べて格段に集光力が高い。宇宙の深淵に見えるほんのかすかな光も見逃さない。
銀河の「標準的な一生」を問い直す意味
一見すると、「初期宇宙に大きな銀河があった」という話は専門的すぎて自分事として感じにくいかもしれない。でも、考えてみてほしい。
天文学における「宇宙論の標準モデル」は、今の宇宙の姿だけでなく、宇宙がどのように始まり、どのように構造が形成され、いつごろ銀河や星や惑星が生まれたかを説明する枠組みだ。この枠組みがずれていれば、惑星が生まれるタイミングも、生命が誕生しうる条件も、すべてが影響を受ける。
JADES-GS-z14-0は、その枠組みに「待って、もう少し考え直しましょう」と言っているかもしれない銀河だ。科学の歴史を見ると、観測が理論より「先に行く」ことは珍しくない。コペルニクスが地動説を唱えたときも、アインシュタインが相対性理論を発表したときも、当初は「あるはずがない」と思われた。
まだ答えは出ていない、だからこそ面白い
研究チームは現在も解析を続けており、新たな観測が発表される度に議論は深まっている。JWSTは今後も運用が続く予定で、JADES-GS-z14-0を超える「もっと遠くにある、もっと大きな銀河」が見つかる可能性もある。
そのたびに標準モデルは試練を受ける。修正されるかもしれないし、より強固になるかもしれない。いずれにせよ、JWST が開けた「過去への窓」から差し込んでくる光は、宇宙論の教科書を書き換えるかもしれない何かを毎年運んでくる。
3億年という短い時間で銀河が育った——それが「なぜ」なのかはまだわからない。でも、わからないことがある、というのは宇宙の話の中でもっとも誠実な答え方だと思う。