25光年先で、地球によく似た星が見つかった。母星から受け取る光の量は、地球が太陽から受ける量の約9割。ハビタブルゾーン(液体の水が保てる距離帯)のど真ん中だ。
それなのに、発見したUC Irvineの研究チームがまっさきに口にしたのは、「そこに空気は残っているのか」という問いだった。
ハビタブルゾーンのど真ん中に、空気があるか分からない星
この星の名前はGJ 3378 b。2026年6月30日に発表され、論文はThe Astrophysical Journalに掲載された。大きさは地球のおよそ2倍、質量は最小でも地球の2倍を少し超える「スーパーアース」だ。
母星は赤く小さな恒星で、M型矮星(太陽より小さく暗い星)とされる。その恒星のまわりで、GJ 3378 bはちょうど水が液体でいられる距離を回っている。数字だけ見れば、生命探しの有力候補にふさわしい。
25光年と言われても近所のように聞こえるが、これがとんでもない距離だ。光の速さでも25年、新幹線に乗り換えるとおよそ9000万年かかる。恐竜がのし歩いていた頃に発車しても、まだ着いていない。
これだけなら「地球っぽい星、また一つ見つかったんだ」で終わる話なのだが、研究チームの関心はそこになかった。彼らが注目したのは、この星が大気を保っていられるかどうかの「際(きわ)」に立っている、という点だ。
「ちょうどいい距離」は、実は合格の半分でしかない
ここで、長らく生命探しの物差しだったハビタブルゾーンを疑ってみたい。これは要するに「恒星から近すぎず遠すぎず、水が凍りも蒸発もしない距離帯」のこと。距離という、一本の物差しである。
ところが、この物差しだけでは同じ運命を予言できない。手近な例が、私たちのすぐ隣にある。
金星も火星も、太陽系のハビタブルゾーンの近くにいる。にもかかわらず、金星は分厚すぎる大気に覆われた灼熱の世界になった。火星は逆に大気のほとんどを失い、今では地球の1%にも満たない薄い空気しか残っていない。研究者たちは、火星もかつては地球のような大気を持っていた可能性があると考えている。
同じ「ちょうどいい距離」にいた三つの惑星が、ここまで違う顔になった。距離が合格しても、大気を保てるかどうかは別の試験だったわけだ。
つまり距離は、合格ラインの半分でしかない。残り半分を測るために、天文学者は新しい物差しを持ち出してきた。
宇宙の海岸線──「剥ぎ取る力」と「守る力」の綱引き
その物差しが cosmic shoreline、直訳すると「宇宙の海岸線」だ。この呼び名を初めて聞いたとき、うまいことを言うなと思った。惑星が大気という海を保てるか、それとも干上がるかの、渚の線という意味である。
大気の運命は、二つの力の綱引きで決まる。一方は、恒星が放つ強い放射や恒星風(恒星から吹き出す高速の粒子の流れ)。これは惑星の大気を宇宙へ剥ぎ取ろうとする力だ。もう一方は、惑星自身の重力と磁場。大気を引き止め、荷電粒子の風を受け流して守る力である。
守る力が勝てば、大気は残る。剥ぎ取る力が勝てば、大気は少しずつ宇宙空間へ逃げていく。その勝敗が入れ替わる境目が「海岸線」だ。海岸線より恒星に近い側では、大気は波にさらわれるように剥がれてしまう。
この綱引きで、惑星の重さが効いてくる。重い惑星ほど重力が強く、大気の分子を足元へ引き止める力も大きい。逆に軽い惑星は、少し温められただけで分子が上空から宇宙へこぼれていく。火星が大気を保ちきれなかった理由の一つも、地球より小ぶりで重力が弱かったことにあると考えられている。だから同じ距離でも、重い星のほうが海岸線の内側でも粘りやすい。
身近な話に落とすと、日焼け止めに近い。私たちが強い紫外線を浴びても平気なのは、地球の大気と磁場が分厚い日焼け止めとして働いているからだ。この日焼け止めごと吹き飛ばされたら、地表はむき出しになる。海岸線の内側とは、その日焼け止めが剝がされてしまう領域のことなのだ。
GJ 3378 b は、その渚のちょうど上に立っている
ここからが本題で、個人的には一番好きな部分だ。研究チームによれば、GJ 3378 bはこの宇宙の海岸線の、まさに縁に位置しているという。大気を保てる側とも、剥ぎ取られる側とも言い切れない、渚のちょうど上に立っているわけだ。
やや細かい話になるが、ここを飛ばすと後で効いてこない。母星のM型矮星は、太陽に比べて小さく暗い一方で、若い頃を中心に強いフレアや放射を出しやすいことが知られている。恒星に近い惑星ほど、その放射をまともに浴び続ける。
だからGJ 3378 bにとって「距離が合っている」ことは朗報だが、それは同時に、大気を剥ぎ取る恒星の至近距離にいることも意味する。発見報告でも、この惑星に大気があるのか、あるとしてどれだけ残っているのかは未確定のままだ。研究チーム自身が、大気の有無をこの星最大の謎に挙げている。
もしあなたがGJ 3378 bの地表に立てたとしたら、空には地球の9割ほどの光を注ぐ赤い太陽が浮かんでいるだろう。ただし頭上の空気が、そこにちゃんとあるのかどうかは、まだ誰にも分からない。
では、空気があるかどうやって確かめるのか
海岸線のどちら側かを決めるには、結局その星に大気があるかを直接調べるしかない。ところが、25光年先の小さな惑星の空気を確かめるのは、現在の観測ではまだ手が届きにくい。
GJ 3378 bを見つけたのは、二つの装置だった。テキサスのマクドナルド天文台にあるHobby-Eberly望遠鏡のHabitable-zone Planet Finderと、アリゾナのキットピーク天文台にあるWIYN望遠鏡のNEID分光器である。どちらも恒星のわずかな揺れから惑星の存在と質量を突き止める手法で、あくまで「そこに惑星がある」ことを教えてくれる装置だ。空気の中身までは見えない。
大気そのものを狙うのは、次の世代の望遠鏡になる。研究チームが名前を挙げているのは、NASAが2040年代の打ち上げを計画しているHabitable Worlds Observatoryだ。この望遠鏡なら、GJ 3378 bのような惑星を直接撮像し、大気があるかどうかを確かめられると期待されている。もし大気があれば、生命の兆候を探る段階へ進める。
それまでは、海岸線のどちら側かを恒星の活動性や惑星の重さから推し量っていくしかない。とはいえ、狙う相手が25光年という手の届く近さにいるのは大きい。遠すぎて撮像すら望めない候補が多いなかで、GJ 3378 bは次世代望遠鏡の「最初に確かめにいく一枚」の有力候補になりうる。
答え合わせは、まだ十数年先ということになる。それでも「どこを見れば決着がつくか」が定まったこと自体が、一つの前進だ。
距離の物差しが、静かに書き換わった
長いあいだ、「地球に似た星」と聞けば、私たちはまず恒星からの距離を思い浮かべてきた。ちょうどいい場所にいれば水があり、水があれば生命が、という順番で。
GJ 3378 bが突きつけたのは、その順番に一行足りなかったという事実だ。ちょうどいい場所にいても、大気を守り切れなければ水も生命も宿らない。距離という一本の物差しに、「その空気を保てるか」というもう一本が並んだ。生命探しの候補リストは、これから海岸線のどちら側かで選り分けられていくのだろう。
夜、外に出て強い紫外線を思い浮かべてほしい。私たちが日焼け程度で済んでいるのは、頭上の空気と磁場が今日も剥がれずに残っているからだ。25光年先の渚の上では、その当たり前の空気が、あるかないかの瀬戸際で揺れている。