草間が宇宙引越しの仕事を始めて八年になるが、こんな依頼は初めてだった。
「遠くへ運ぶほど、軽くなるんです」と老婦人は言った。
玄関先に積まれた段ボール箱は、見た目には普通だ。テープでしっかり封がされていて、「こわれもの」「上向き」のシールも貼ってある。草間はひとつ持ち上げてみた。ずっしりと重かった。
「娘が五十二光年先に住んでいまして。そこまでの距離を運ぶあいだに、だいたい三分の一ほど軽くなるはずなんです」
「…なるんですか」
「なります。毎回そうなので」
草間はしばらく老婦人の顔を見た。どこか嘘をついている様子はなかった。
もっとも、草間は物理学を学んだことがないので、それが本当に起こりえないことなのか、自信を持って否定できなかった。真空中で物が軽くなるわけがないと思う。たぶん。
問題は規約だった。
宇宙便サービス「ハヤフサ運送」の配送規約、第十四条の三。「出発時重量より着荷重量が十パーセント以上減少した場合は、特殊品として別途申告が必要」。つまり三分の一というのは、申告どころか規約の想定外の数字だった。
「中身は何が入っているんですか」
「お雛様とか、手紙とか、写真とか。娘が子どものころのものです」
草間は段ボールを見た。老婦人も段ボールを見た。二人とも少しのあいだ何も言わなかった。
「運んでもらえますか」と老婦人は言った。
「……うちの規約だと、重量が減る場合は特殊品として申告が要るんですよ」
「申告します」
「理由を書かないといけないんですが」
「思い出の品なので、と書いてください」
草間はしばらく考えた。結局、受け付けることにした。
荷物は二週間後に届いた。着荷の記録を確認すると、たしかに出発時の七十一パーセントの重量だった。
それと同じ日の午後、草間の端末に通信が届いた。老婦人の娘からだった。
「お世話になりました。届きました。箱を開けたら、軽かったんですけど、全部ありました。お雛様も、手紙も、写真も、全部」
草間は配送記録の申請フォームを開いた。半年前にリニューアルされたばかりのシステムで、現場の担当者の全員が嫌っていたやつだ。「重量変化の理由」という欄があった。
全部ある。でも軽くなった。
草間は「重量変化の理由」の欄に『不明』と入力して、申請ボタンを押した。