月の第17証明局、B棟2番窓口は、近田が担当して三年になる。
窓口の名前は「視覚的近接証明書(通称:ミエナカ証明)発行係」だ。空で近くに見える者どうしに、その事実を証明する書類を出す窓口で、もっとも、ミエナカ証明で家が借りられるわけでも、引越しができるわけでもない。「見かけ上、隣に見えた」という記録を行政が発行するだけで、実際の距離はいっさい問わない仕組みになっている。証明書の下の方には小さく「実際の距離:非表示」と印字されている。
この窓口、毎年6月の第二週ごろに申請者が急に増えるのは誰でも知っている。近田だけが知らないふりをしている。
「次の方どうぞ」と呼んで、金星の女と木星の男が並んで座った。
「申請の目的は?」
「えっとですね」と金星の女が言った。「先週から空でずっと隣に見えてて、周りに証明したくて。一番近い時期らしいですし」
「見かけの角度は計測済みですか」
「1.5度です」
「観測地点と日時は」
「地球の北緯35度、2026年6月9日19時42分です」
近田は書類を確認しながら、ふと画面の距離欄をちらりと見た。金星から木星まで、約8億km。地球で言えば赤道を2万周してやっとたどり着く距離だ。
「手数料は1,240月クレジットになります。実際の距離が遠いほど高くなる仕組みで、8億kmだと最大手数料になります。入り口の貼り紙、読まれましたか」
金星の女がちょっと固まった。木星の男が小声で「言ったじゃないか」と言い、女が「だから申請するって言ったでしょ」と返した。
「お支払いは月クレジットのみです」と近田は続けた。「有効期限は会合継続期間中のみで、今回は6月15日まで。更新はできません」
「わかりました」と女が言った。「払います」
手数料を受け取り、証明書を発行した。「見かけ角度1.5度。同一視野に確認。観測日時および地点記録済み。実際の距離:非表示」という証明書が、窓口から出ていった。
近田が「次の方どうぞ」と呼んだ。
待合室の列は、入り口の外まで続いていた。毎年6月のことだ。近田はため息をついて、新しい申請用紙を引き出しから出した。