天王星と海王星の奥深くでは、ダイヤモンドが雨のように降っているかもしれない。しかも、そのダイヤは誰も拾いに行けない。ずっと下、押しつぶされるような圧力の底で、生まれては沈んでいくというのだ。
正直、初めて聞いたときは冗談かと思った。だが元をたどると、けっこう真面目な化学の話だった。
メタンが、宝石に化ける
主役はメタンだ。都市ガスにも使われる、あのありふれた気体である。メタンの分子は、炭素1個のまわりに水素が4個くっついた形をしている(化学式で書くとCH4)。天王星と海王星の大気には、このメタンがそれなりに含まれている。
青緑色に見えるのも、実はメタンのしわざだ。NASAによれば、大気のメタンが赤い光などを吸い込み、青い光をはね返すので、あの色になる。つまり、あの涼しげな見た目は、炭素を含んだ気体の色でもあるわけだ。
その炭素が、内部の深いところでは気体のままではいられなくなる。NASAゴダード宇宙飛行センターの研究者ナオミ・ロウ=ガーニー氏は、大気の下のほうでは炭素が単独で存在し、まわりの巨大な圧力で押しつぶされていく、と説明している。押しつぶされた炭素が集まって重くなり、やがて雨のように落ちていく——それがダイヤの雨だ。
気体の一部が、宝石になって降る。ではなぜ、押しつぶすと石になるのだろう。
押しつぶされた炭素は、ダイヤになりたがる
ここで思い出してほしいのが、鉛筆の芯だ。
鉛筆の芯は黒鉛(グラファイト)という物質で、これも純粋な炭素でできている。真っ黒で、指でこすれば紙に色がつくほど柔らかい。ところが、まったく同じ炭素が、原子の並び方を変えるだけで、透明で世界一硬いダイヤモンドに変わる。素材は一緒なのに、置かれた条件で正反対の姿になるのだ。
その条件が、高い温度と圧力である。炭素の原子がぎゅうぎゅうに押し込まれると、すきまなく規則正しく並んだ結晶ができる。これがダイヤだ。逆に、ゆるく層状に並んだのが黒鉛だと思えばいい。
そして一度ダイヤになると、それはまわりの流体よりずっと重い。重いものは沈む——だから生まれたダイヤは、上にとどまれずに下へ下へと落ちていく。「雨」という言い方になるのは、この密度の差があるからだ。
地球でも理屈は同じだ。天然のダイヤは地下の深いところの高温高圧で生まれ、マグマの上昇に乗って地表近くまで運ばれてくる。宝石店のショーケースに並ぶダイヤは、いわば地球の奥からの手土産である。
つまりダイヤづくりに必要なのは、特別な材料ではなく「炭素を強く押す環境」だ。天王星や海王星の中でも、炭素は同じ物理に従う。問題は、そこに本当にダイヤができるほどの圧力があるのか、である。
氷巨星の中身は、熱くて重い流体だった
天王星と海王星は「氷巨星」と呼ばれる。名前だけ聞くと、冷たい氷のかたまりを想像してしまう。白状すると、私も長いあいだ、そういうものだと思い込んでいた。
ところが中身は、ちっとも冷たくない。NASAの説明では、これらの惑星は質量の8割以上が、水・メタン・アンモニアからできた「高温で高密度の流体」だ。その下に、小さな岩石の核があると考えられている。ここで言う「氷」は、冷たさではなく、こうした物質の種類を指す呼び名なのだ。
ちなみに天王星は、自転軸が約98度も倒れていて、ほぼ横倒しのまま太陽のまわりを回っている。中身が流体だと聞くと、その転がるような姿もどこか腑に落ちる。
海王星の場合、冷たい雲の下には超高温の水の海が広がっているかもしれない、と科学者は考えている。それだけ熱いのに沸き立たないのは、とてつもない圧力が水を押さえ込んでいるからだという。ふつうなら蒸発してしまう水が、圧力に閉じ込められて液体でいる。そういう極端な世界だ。
大きさもけた違いである。海王星は幅が地球の約4倍あり、体積でいえば地球がまるごと60個ほど入る。太陽からの距離は約45億km、地球と太陽の間のおよそ30倍も遠い。その巨体の重みが、内部の物質を上から押し続けている。下へ潜るほど圧力はぐんぐん増していく。
炭素をダイヤに変えるだけの力は、たしかにありそうだ。では、そのダイヤの雨を、誰かが実際に見たのだろうか。
深すぎて、誰も見ていない
ここが肝心なところで、答えは「見ていない」だ。
ダイヤの雨は、望遠鏡がとらえた映像でも、探査機が持ち帰った写真でもない。炭素がどうふるまうかという化学と、惑星の内部がどうなっているかというモデル計算から導かれた、「たぶんこうなっている」という推測である。観測された事実と、こうした推定とは、きちんと分けて受け取ったほうがいい。
ロウ=ガーニー氏自身も、たとえダイヤができていたとしても、それを取りに行くことはできない、と語っている。ダイヤが生まれるのは、彼女が研究している中間の大気よりも、はるか下だからだ。
ここで少し、その場に立ってみてほしい。もしあなたが海王星の雲を突き抜けて降りていけたら、光はやがて届かなくなり、外気は重くのしかかり、体を押しつぶすような圧力の中へ入っていく。そのどこかで、ダイヤの粒が静かに、あなたと同じ方向へ沈んでいく。けれど、そこから戻ってくる手立てはない。宝石は、永遠に開かない金庫の底にある。
見に行けないなら、この推測はどうやって確かめるのだろう。
だから、地上でメタンを押しつぶす
見に行けない場所のことを調べるとき、研究者は場所のほうを手元に再現する。
実験室で物質に高い圧力や温度をかけ、そのときどう変化するかを確かめる、という地道な研究がある。惑星の内部で起きているはずのことを、うんと小さなスケールで再現してみるわけだ。そうした実験の積み重ねと、惑星内部のモデル計算とが合わさって、「ダイヤの雨」という推測を下から支えている。断定ではなく、いくつもの手がかりを寄せ集めた見立てなのだ。
面白いのはここからだ。話の出発点になった炭素と水素は、私たちの身のまわりにいくらでもある。レジ袋やラップ、食品トレー——こうしたプラスチックの多くは、炭素と水素がつながってできている。メタンと同じ顔ぶれだ。
つまり、宝石の材料は特別な物質ではない。どこにでもある炭素が、置かれた場所の条件しだいで、ゴミ袋にもなればダイヤにもなる。違いは素材そのものではなく、かかっている圧力と熱なのだ。この一点を押さえると、ダイヤの雨がぐっと身近な話に聞こえてくる。
ありふれたものほど、化ける
天王星と海王星には、探査機ボイジャー2号が一度だけ立ち寄ったきりだ。内部をじっくり調べる旅は、まだ実現していない(この探査機がいまどこにいるかはボイジャーが今も電力を保ち星間空間を進むしくみで書いた)。だから「ダイヤの雨」は、当分のあいだ推測のままかもしれない。それでも、この話には妙な引力がある。
いちばん平凡な気体が、いちばん高価な宝石に化ける。しかもそれは、遠い異世界の魔法ではなく、鉛筆の芯とダイヤが同じ炭素だという、私たちのすぐそばにある事実の延長線上にある。条件さえそろえば、ありふれたものほど大化けする。
次に鉛筆を握って字を書くとき、その黒い芯を思い出してほしい。同じ炭素が、45億km先の青い星の底では、押しつぶされて雨のきらめきになっているかもしれない。そう思うと、手の中の一本が、少しだけ遠くまでつながって見えてくる。