今も宇宙の果てを飛んでいる探査機がある。230億キロ先、人間が送り出した物体のなかで最も遠い場所にいるボイジャー1号だ。
ところで、その電池がだんだん切れかけている。
48年前に旅立った探査機
ボイジャー1号と2号が打ち上げられたのは1977年。アポロ11号が月に降りてから8年後のことだ。当初のミッションは木星と土星の近接観測で、設計寿命は5年ほどだった。
5年どころか、48年が経った今もまだ飛んでいる。
ボイジャー1号は現在、太陽から約157AU(天文単位)の距離にいる。1AUが地球と太陽の間の距離(約1.5億キロ)なので、単純計算で約230億キロ彼方ということになる。電波を送っても返ってくるまで46時間かかる。さすがに宇宙は広い。
電池がない。あるのはプルトニウム
ボイジャーには普通の電池はついていない。その代わりに「RTG(放射性同位体熱電気変換器)」と呼ばれる装置が3基搭載されている。
プルトニウム238という放射性物質が自然に崩壊するとき、熱を出す。その熱を熱電変換素子に流して電気を作る仕組みだ。太陽電池では光が届かない太陽系外縁では使えないので、こういう方式をとっている。
打ち上げ時の発電量は約470ワット。家庭用の電子レンジとほぼ同じくらいの電力だ。ところがプルトニウム238の半減期は87.7年。年月が経つにつれ少しずつ崩壊が遅くなり、熱も減っていく。現在の発電量は約180ワットまで落ちた。しかも毎年4ワットずつ、ゆっくりと下がり続けている。
4ワットといってもピンとこないかもしれない。小さなLED電球1個分ぐらいだ。それが毎年確実に失われていく。
機器を一つずつ止めていく
電力が減れば、使える機器も減る。これは単純な話で、ボイジャーのチームはここ数年、観測機器を一つずつシャットダウンしながら延命を続けている。
2025年2月、ボイジャー1号の「宇宙線観測装置(CRS)」が停止された。恒星間空間の宇宙線を測定していた機器で、40年以上動き続けた末の引退だった。2号でも同年3月に低エネルギー荷電粒子装置を停止している。
そして2026年4月、さらに一歩が踏み込まれた。ボイジャー1号の「低エネルギー荷電粒子実験装置(LECP)」が停止されたのだ。2月の定期ロール機動中に電力が予期せず落ち込み、フォールト保護システムが作動しかねない水準に達したことが直接のきっかけだった。
元々10種類あった観測機器のうち、今や7つが止まっている。
残った2機器が「最後の砦」
今のボイジャー1号で動いているのは2つだけだ。磁場を測る「磁力計(MAG)」と、プラズマ波を観測する「プラズマ波観測装置(PWS)」。この2機器が、太陽系の外で何が起きているかを今も地球に送り続けている。
恒星間空間は、太陽風が届かない領域だ。太陽から吹き出す粒子の流れが外側の宇宙の粒子と衝突して止まる境界、「ヘリオポーズ」の外側。人類が作った機器がはじめてそこを通過したのは2012年、ボイジャー1号だった。その後2018年にはボイジャー2号も続いた。
ここを観測できる探査機は、今のところこの2機しか存在しない。だから「もう少しだけ生かし続けたい」という気持ちがNASAにあるのは、当然のことだろうと思う。
「ビッグバン作戦」の狙い
電力を節約するには、消費を減らすしかない。ただしどこを削るかが難しい。観測機器を止めるだけでなく、探査機の「暖房」にも電力が使われているからだ。
宇宙空間の温度は絶対零度(マイナス273度)に近い。スラスタ(推進器)の燃料ラインが凍結すると、姿勢制御ができなくなり地球との通信も失われてしまう。だから一定の加熱が必要で、これにも電力を食う。
NASAのジェット推進研究所(JPL)が計画している「ビッグバン」と呼ばれる操作は、この問題を解決しようとするものだ。旧式の加熱ユニット3基をオフにして、消費電力が低い新しい加熱システムへ一気に切り替える。うまくいけば約10ワットの節約になり、科学機器の寿命を少なくとも1年延ばせると見込まれている。
「ビッグバン」という名前は、スタッフが付けた非公式な呼び名らしい。一度に複数の重要部品をまとめて切り替えるリスクのある操作だから、それだけの覚悟が込められているのかもしれない。
230億キロ先と「片道23時間の応答待ち」
実はこの操作、準備が簡単ではない。コマンドを送っても到着まで約23時間かかる。探査機が正しく反応したかどうかを確認するのに、さらに23時間。往復で丸2日近くかかる「会話」の中でトラブルへの対応を考えなければならない。
2025年には通信システムの一部で想定外のエラーが起き、チームが数ヶ月かけて原因を突き止めた経緯もある。48年前のソフトウェアと格闘しながら、宇宙の果てにいる機器をリモートで手術するような作業だ。
正直、こういう話を聞くと少し気が遠くなる。現在JPLで働くエンジニアたちの多くは、ボイジャーが打ち上げられた頃にはまだ生まれていない。
「死ぬまで仕事をする探査機」が照らすもの
NASAの目標は、ボイジャーが2030年代も何らかの科学データを送り続けることだ。理想的には2035年頃に200AUに達することを目標にしている、と担当者は話している。それまでに電力が尽きるのが先か、機器が先に壊れるのか。スラスタラインが凍るのが先か。競争のようなものが続いている。
これが面白いのは、計画より長く生き延びる機械の話というだけではなく、「どこまで大切に使い続けるか」という問いを含んでいるからだと思う。もし最後の1機器も止まる日が来たとき、ボイジャーは「静かな彫刻」として宇宙を飛び続ける。何も送らず、何も受け取らず、ただ直進するだけの物体として。
それはそれで、すごい話じゃないだろうか。
打ち上げ当初の目標だった木星・土星の観測はとっくに終わり、太陽系の外縁を越え、今は誰も見たことのない空間を進んでいる。人類が作った最遠の探査機が今日も1秒間に17キロ進んでいる、というのは、なんとも不思議な事実だと思う。