2022年9月26日、人類は初めて、狙って天体の進路を変えた。小惑星ディモルフォスに探査機をまっすぐ突っ込ませ、その軌道を32分ずらしてみせたのだ。ただ——なぜそんなに効いたのかは、いまだに誰にもわかっていない。
ぶつけた瞬間、予想の25倍も動いた
主役はNASAの探査機DART(ダート)。2021年11月に打ち上げられ、約10か月かけて目標の小惑星へたどり着いた。狙いは、ディモルフォスという直径160mほどの岩の塊だ。
160mと言われてもピンとこない。エジプトの大ピラミッドがまるごと1つ、宇宙にふわふわ浮いていると思えばいい。この石は、780mほどの大きな小惑星ディディモスの周りを、月みたいにぐるぐる回っている。二つで一組の「連星小惑星」だ。
DARTはこのディモルフォスに、秒速約6kmで突っ込んだ。1秒で東京駅から品川駅あたりまで飛ぶ速さ、と考えるとえげつない。冷蔵庫くらいのサイズの探査機が、ピラミッド級の石に全力で体当たりしたわけだ。
DART自身は、この一撃で砕けて役目を終えた。ぶつかる最後の数秒まで石の表面を撮り続け、その映像を地球へ送りながら消えていった、片道きりのミッションだった。
結果、ディモルフォスがディディモスを1周する時間は、11時間55分から11時間23分に縮んだ。差し引き32分。NASAが「成功」とみなす最低ラインは73秒のずれだったので、その25倍以上も効いたことになる。
正直、この数字を最初に見たとき「効きすぎでは?」と口に出た。研究チームも、ここまでとは予想していなかったという。そして、この「効きすぎ」こそが、次の宿題になった。
そもそも、なぜ二つで一組の石を狙ったのか
ここで少し立ち止まってほしい。160mの石が数千万km彼方でわずかに進路を変えたことを、地球にいる私たちはどうやって測ったのか。
じつは、狙いを連星小惑星にしたこと自体が仕掛けだった。単独の石だと、軌道がほんの少し変わっても地球からはほとんど見分けがつかない。ところが連星なら、小さいほうが大きいほうの手前を横切ったり裏に隠れたりするたびに、二つ合わせた明るさがわずかに増減する。
この明滅のリズムを地上の望遠鏡で根気よく追えば、1周の時間が縮んだかどうかを直接読み取れる。あの32分という数字も、探査機がその場で測ったのではなく、地球の望遠鏡が明るさのまたたきから突き止めたものだ。
つまりDARTは、ぶつけやすさではなく「答え合わせのしやすさ」で標的を選んでいた。実験の設計としては、なかなか用意周到だと思う。
なぜ「効きすぎた」のか、それがむしろ問題だった
ここからが本題で、個人的に一番おもしろい部分だ。
DARTがただぶつかっただけなら、石はビリヤードの玉のように押されるだけで済む。ところが実際には、衝突の瞬間にディモルフォスの表面から大量の砂や岩が噴き出した。この噴き出したかけらが、ロケットの噴射と同じ理屈で、石を逆向きにさらに押した。
つまりディモルフォスは、探査機に押された分と、自分の破片を吐き出した反動の分、二重に蹴飛ばされた。予想の25倍という数字の正体は、この「おまけの反動」がかなり効いたためだと考えられている。ぶつけた探査機そのものより、跳ね飛ばした破片のほうが石を強く押した、という逆転すら起きていた可能性がある。
やや細かい話になるが、ここを飛ばすと後で効いてこない。この反動がどれだけ出るかは、石の中身しだいで大きく変わる。ぎゅっと固まった一枚岩なのか、瓦礫がゆるく寄り集まっただけの塊なのかで、破片の飛び散り方がまるで違うからだ。砂場を蹴るのと、コンクリートを蹴るのとでは、舞い上がる砂の量がまったく違う。それと同じことが宇宙で起きた。
ここで足元の話をすると、これはレシピと同じだ。一度たまたまおいしくできても、なぜおいしかったのかがわからなければ、次も同じ味は作れない。DARTは大成功したが、「なぜその倍率だったか」を説明できないと、次に本物の危険な石が来たときの計算が立たない。
一度きりの成功は、まだ「技術」とは呼べない。ずらせたという事実の裏にある仕組みを、現場に行って測り、確かめる必要がある。
4年越しの答え合わせに、ヘラが向かっている
その現場検証を引き受けたのが、ESA(ヨーロッパ宇宙機関)の探査機ヘラだ。2024年10月に打ち上げられ、2026年11月にディディモスとディモルフォスへ到着する予定になっている。
DARTが「ぶつける係」なら、ヘラは「後片付けと採寸の係」。同じ現場に数年遅れで乗り込み、衝突が残した傷あとを、巻き尺を当てるようにていねいに調べていく。連星小惑星をここまで間近でくわしく調べるのは、これが初めてになる。
ちなみに、衝突からヘラの到着まで4年も空くのは、のんびりしているからではない。探査機を無事に送り出せる時期は限られているし、そこから現場まで飛ぶのにも時間がかかる。宇宙の答え合わせは、そもそも気の長い作業なのだ。
ヘラが何より知りたいのは、ディモルフォスの「重さ」だ。重さがわかれば、あの32分のずれから逆算して、DARTの一撃がどれだけの勢いを渡したのかをきっちり計算できる。効きすぎた理由に、ようやく数字で答えが出る。
では、どうやって石の重さや中身まで見抜くのか。じつはヘラは、一機だけで来ているわけではない。
靴箱サイズの相棒2機が、石の中までのぞく
ヘラは12個の観測機器と、2機の超小型衛星「キューブサット」を積んでいる。靴箱を少し大きくしたくらいの探査機が2機、親機のそばで別々の仕事をこなす。
1機はミラニ。ディモルフォスの表面に当たった太陽光を細かく分析して、どんな物質でできているか、周りにどんな塵が漂っているかを調べる。もう1機はユベンタス。電波を使って石の内部を最大100mほど透かし見る、小惑星では初めての「透視検査」に挑む。地面の下に空洞が多いのか、ぎっしり詰まっているのか。破片の飛び方を左右する内部の作りが、これでようやく見えてくる。ユベンタスは最後に石の上へそっと着地して、表面の重力まで測る計画だ。
もしあなたがヘラのカメラの位置に立って、ゆっくり石へ近づいていったらどうだろう。まっさらだった岩肌に、DARTが刻んだクレーターが見えてくるかもしれない。あるいは——研究者の一部は、あの一撃でディモルフォスの形そのものが変わってしまった可能性もある、とみている。予想の25倍という反応は、それくらい荒っぽい出来事だったのだ。
同じ小惑星でも、その正体はまだ手つかずの謎が多い。地球のそばをうろつく別の石を追いかける探査機の話は月の破片かもしれない小惑星に接近する天問2号にも書いた。近い石ほど、まだわからないことだらけなのだ。
一度きりの成功を、いつか使える保険に変える
ヘラが重さと中身を測り終えると、DARTの実験はようやく「答え合わせ済みの1問」になる。石がどんな作りだと、どれだけの勢いでぶつければ、軌道がどれだけずれるのか。この対応関係が1つでも確かめられれば、次からは計算で見通せるようになる。
いつか本当に地球へ向かってくる石が見つかったとする。そのとき、あわてて一か八かでぶつけるのではなく、机の上で作戦を立てられる。「この大きさと中身なら、探査機を何機、どれだけの速さでぶつければ何分ずらせるか」。その見積もりが、石が来る前にできるようになる。慌てて投げるのと、狙って投げるのとでは、まるで話が違う。それが planetary defense(地球防衛)の、地味だが本丸の部分だ。
派手な衝突の映像は、2022年にもう終わっている。いま宇宙で静かに進んでいるのは、その裏側の、巻き尺と電卓の作業のほうだ。地球からはるか遠くに浮かぶ小さな石の傷あとを、2機の靴箱が、そろそろのぞきこもうとしている。