今朝あなたがスマホで撮った1枚。その画像を作ったチップの設計は、もともと地球を撮るためのものではなかった。火星や太陽のそばに探査機を送るために、極限まで小さく軽くした「目」から来ている。

作った当人も、たぶんここまでとは思っていなかったはずだ。遠くを見るために縮めた目が、いまや世界中のポケットの中で毎日使われている。

正直、この経緯を知ったとき、手のなかのスマホがちょっと違って見えた。今日はその「目」が宇宙から降りてきた道のりをたどってみたい。

ポケットの中の目は、もともと宇宙船の目だった

話の主役は、Dr. Eric Fossum(エリック・フォッサム)という研究者だ。NASAのジェット推進研究所(JPL)に1990年に入り、宇宙ミッションに積む撮像センサーをもっと良くする、という宿題に取りかかった。

探査機のカメラには、地上のカメラと違う厳しさがある。使える電力が限られ、重さもスペースも削られ、しかも一度飛ばしたら修理に行けない。だから「軽くて、電気を食わず、それでいてきれいに写る目」が欲しい。

当時の高性能カメラの主役はCCD(電荷結合素子)というセンサーだった。画質は優秀だ。ただ、探査機に積むには少しばかり重すぎた。

なぜ重すぎたのか。ここを押さえると、あとの話が一気につながる。

CCDという優等生が、宇宙では重すぎた

CCDの写り方を、バケツリレーで想像してほしい。センサーの各画素(光を受ける小さなマス)が受け取った光の量を、電気の「電荷」としてためる。そこまではいい。

問題はその先だ。ためた電荷を、画素から画素へ順番にずらして、センサーの端にある専用の回路まで運ぶ。全部の画素ぶんを端まで送って、そこでまとめて数値に変換する。この「端まで運ぶ」やり方が、電気を食う。

しかも、その変換用の回路はセンサー本体とは別に用意しないといけない。つまり部品が増え、消費電力が増え、全体が大きくなる。地上のスタジオなら問題にならない差が、電力もスペースも切り詰めた探査機では効いてくる。

言ってしまえば、CCDは実力はあるが荷物が多い優等生だった。地上では気にならない荷物の重さが、宇宙という現場では致命的になる。Fossumが挑んだのは、この構造そのものを組み替えることだった。

CCDは電荷を端までバケツリレーで運び、CMOSは画素ごとにその場で信号へ変換する対比図

1画素ずつが自分で計算する「チップ上のカメラ」

彼が作ったのが、CMOSアクティブピクセルセンサーと呼ばれるものだ。CMOSは半導体を作るごくありふれた製法の名前で、要するに「普通のチップと同じ作り方でカメラを作る」という発想だと思えばいい。

肝は、画素の一つひとつに小さな変換回路をつけたことだ。端まで電荷をリレーせず、各画素がその場で光を電気信号に変える。運ぶ距離が短くなるぶん消費電力が下がり、変換回路も本体と一緒に1チップに収まる。

言い換えると、CCDが「みんなで電荷をリレーして、最後の一人が代表して数える」やり方なら、CMOSは「一人ひとりが自分の分をその場で数える」やり方だ。手続きが分散したぶん、無駄な移動が消える。

この違いは写り方にも出る。CCDは電荷を一列に運ぶ通り道が塞がれると、そのぶん明るい点が筋を引いたように滲むことがあった。一方のCMOSは、画素ごとにその場で処理を閉じるので、余計な信号を隣へ持ち越しにくい。運ぶ距離が短いということは、途中で拾う雑音の入り込む余地も小さいということだ。

ただし、その場で処理すると画素ごとのバラつきがノイズ(ざらつき)として出やすい。ここでFossumが持ち込んだのが、CCDで使われていたノイズ低減の手法だった。専門的には「相関二重サンプリング」と呼ばれる、余計な信号を差し引いてきれいにする技だ。CCDの美点を、消費電力の低い新しい器に移し替えたわけだ。

NASAの解説によれば、こうしてCCDより低消費電力で、それでいて高画質という目が生まれた。探査機の宿題への答えとしては、ほぼ満点だ。

面白いのはここからだ。この目が、宇宙にとどまらなかった。

JPLの発明が、なぜあなたのポケットに来たのか

軽くて電気を食わず、普通のチップと同じ製法で量産できる。この三つがそろった時点で、宇宙の外での使い道は目に見えていた。

Fossumは1995年、同僚のDr. Sabrina Kemeny(サブリナ・ケメニー)とともに、この技術をカリフォルニア工科大学(Caltech)からライセンスを受け、商用化のためにPhotobit(フォトビット)という会社を立ち上げた。研究所の発明を、世に出す側に自分たちで回ったのだ。

そのPhotobitを2001年、半導体メーカーのMicron Technology(マイクロン・テクノロジー)が買収した。ここから量産の歯車が本格的に回りはじめる。研究室の試作品が、工場のラインで数を刻む製品に変わった瞬間だと言ってもいい。

研究所で「探査機の目」として生まれた技術が、企業の手で「みんなの目」に変わっていく。宇宙技術が日常に降りてくる、いわゆるスピンオフの、かなり分かりやすい一例だと思う。

では、どこまで広がったのか。数字を見ると、規模の桁が変わる。

年70億個 — ほぼ地球人の数だけ作られる目

NASAの解説によると、このCMOSセンサーは2013年の時点で年に10億個を超えて作られ、現在はおよそ70億個にまで増えているという。

70億個と言われてもピンとこないので、身近な数と並べてみる。世界の人口が約80億人。つまり毎年、ほぼ全人類に1個ずつ配れるだけのセンサーが、新しく生まれ続けている計算になる。この数字、最初は桁を見間違えたかと思った。

しかも受け皿となる機器は増える一方だ。いまのスマホは前面と背面に複数のカメラを積むのが当たり前になり、1台で何個もの目を抱えている。全人類に配れるほどの数が毎年生まれても、それでも足りないくらいの勢いで吸い込まれていく、というのが実感に近い。

2013年の年産10億個超から現在は約70億個へ増え、世界人口約80億人に迫る棒グラフ

行き先は、あなたのすぐ周りだ。スマホのカメラはもちろん、医療や歯科の画像診断、車のバックカメラや運転支援、街や玄関先の防犯カメラ。NASAはこうした用途を並べて挙げている。

胃カメラの映像も、駐車のときのモニターも、元をたどれば同じ発想の目が写している。宇宙の話が、こんなに生活の細部まで入り込んでいるとは。

そして忘れてはいけないのが、この技術の生まれ故郷である宇宙そのものだ。

遠くを見るために作った目が、いちばん近くを見ている

同系統のセンサーは、いまも探査機に積まれて働いている。NASAは、火星を走るローバーPerseverance(パーサヴィアランス)、太陽のすぐそばまで近づくParker Solar Probe(パーカー・ソーラー・プローブ)、木星の衛星エウロパをめざすEuropa Clipper(エウロパ・クリッパー)などを、この技術を使う機体として挙げている。

つまり同じ発想の目が、いまこの瞬間、火星のクレーターや太陽の間近を見ている。あなたが自撮りをするその指の動きと、地球から遠く離れた現場の観測とが、たった1枚のチップの設計思想でつながっている。

CMOSセンサーがスマホ・内視鏡・車・防犯カメラ・探査機へ枝分かれした系統図

発明者のFossumは、この功績で2026年、全米技術アカデミーからCharles Stark Draper Prize(チャールズ・スターク・ドレイパー賞)という工学の賞を受けることが決まった。宇宙のために縮めた目が、地上の何十億人の日常を変えたことへの、遅れてきた表彰とも言える。

次にスマホをかざすとき、少しだけ思い出してほしい。そのレンズの奥にある小さなチップは、もともと火星や太陽を見るために設計された目だ。いちばん遠くを見るために作られたものが、いま、あなたのいちばん近くを写している。