相方が月に引っ越しても、コンビは続けるつもりだった。今夜も中継で漫才をやる。それだけの話が、三秒に殺された。
月は遠い。声が届くのに、きっかり三秒かかる。
「どうも、マツケンでーす」
おれが言うと、三秒おいて、画面の中のマツが頭を下げる。
「……でーす」
もう、ずれてる。
漫才は間が命だ。ボケがあって、すぐにツッコむ。その「すぐ」が、月にはない。マツがボケて、おれが三秒待って、ツッコむ。それが月に届くのに、また三秒。客席は、しんとする。すべるというより、時間だけが余っていく。
「先に言うたらどうや」
そう気づいたのは、二日目だった。マツのボケは、いつもネタ帳のとおりに来る。だったら、聞こえてくる前に、こっちが先にツッコんでおけばいい。
マツが口を開くのを待たず、おれは三秒早くツッコんだ。
「アホか!」
三秒後。月のマツの真横で、おれの声が、ボケの尻にぴたっとはまった。月の客が、どっとわいた。
ウケた。月では、おれたちは完璧なコンビだった。
もっとも、地球の劇場ではそうはいかない。おれは、まだ声も来てないマツに向かって「アホか!」と怒鳴っている。地球の客は、ぽかんだ。片方に合わせると、もう片方が置いてけぼりになる。距離のぶんだけ、時間がずれるからだ。
それでも、おれたちは月でいちばん人気の、変な漫才師になった。
「火星の大劇場から誘い来たで。ギャラ倍や」
マツは乗り気だった。おれは計算した。火星は、声が届くのに十分かかる。十分だ。つまりおれは、マツがボケを思いつくより十分も前に、ツッコんでおかなあかん。
無理だ。この芸は、地球と月のあいだ、きっかり三秒でしか成り立たない。近すぎても、遠すぎてもだめなのだ。
おれは中継の画面に、短く打って送った。
「火星は行き過ぎや」
三秒。ちょうどそのとき、向こうではマツが昔の持ちネタをさらっていたらしい。画面の奥で、あいつがこう言った。
「——で、今度は火星から声かかってんねん!」
その尻に、おれの「行き過ぎや」が、ぴたっとはまった。マツが、吹き出した。膝を叩いて、笑っている。三秒遅れの、いちばんいいツッコミだった。