今夜が満月だとして、その隣にもう1つ、同じくらいの月が並んで浮かんでいたら。空は2つの銀色の皿で埋まり、夜なのに影がくっきり落ちる。
きれいだな、で済めばいい。でも、その光景が成立した瞬間から、地球の海は毎日あばれ始める。しかも2つの月は、長くは仲良く回っていられない。
まず、夜という時間がほとんど消える
満月の夜、街灯のない場所でも足元が見えるのは、太陽の光を反射した月が意外と明るいからだ。新聞の見出しくらいなら、満月の下で読めてしまう。
ここに同じ明るさの満月がもう1つ加わると、単純に光の量はおよそ倍になる。影は濃くなり、星はほとんど見えなくなる。都会の光害で星が消えるのと同じことが、空そのもので起きる。
問題は「2つがいつも同時に満ちるとは限らない」ことだ。片方が満月、片方が半月、という組み合わせもある。すると、どちらかが輝いていない夜のほうが珍しくなる。
白状すると、はじめは「夜がずっと明るいなんて、むしろ便利では」と思った。だが、生き物にとって夜は休む時間であり、渡り鳥やウミガメは月の光を頼りに方向を決める。その基準が2つになったら、彼らはどちらを向けばいいのか。
もう1つ、面白い副作用がある。いまの月は、空での見かけの大きさが太陽とほぼ同じだ。だから月が太陽の前を横切ると、ぴたりと重なって日食が起きる。月が2つになれば、太陽を隠すチャンスが単純に増える。さらに、片方の月がもう片方の影に入る「月どうしの食」まで起きる。空の天文ショーは、ずいぶんにぎやかになるだろう。
ほぼ消えない薄明かりの下で、生態系は静かに混乱する。これはまだ、序の口だ。
海が毎日、街まで上がってくる
ここからが本題で、個人的には一番こわい部分だ。月がもたらす一番大きな仕事は、光ではなく潮の満ち引きにある。
NASAも、月のいちばん大きな影響は海の潮汐を生むことだと説明している。月の重力が海水を引っぱり、月の側とその反対側の海面がふくらむ。地球が1日1回転するあいだに、そのふくらみの中を海岸が通り抜けるから、1日に2回、潮が満ちて引く。
実は今の地球でも、この満ち引きの大きさは一定ではない。太陽も弱いながら海を引いているからだ。月と太陽が一直線に並ぶと引きが重なり、満潮がより高く干潮がより低くなる。これが「大潮」で、月と太陽が直角のときの「小潮」より潮位差が大きい。
さて、月がもう1つあるというのは、この「引く力」がもう1セット増えるということだ。2つの月が空の同じ方向にそろえば、大潮どころではない満潮になる。
数字で考えてみてほしい。ふだん満潮と干潮の差が2メートルの海岸で、その差が一気に膨らんだら、低い土地の港町や干潟は毎日のように水をかぶる。しかも引き潮では、いつもより沖まで海底がむき出しになる。
やっかいなのは、2つの月がそれぞれ別のリズムで空を巡ることだ。片方がもたらす満潮と、もう片方がもたらす満潮の時刻がずれて重なり合う。ある日は小さな満ち引きが1日に何度も来て、別の日は2つが完全にそろって巨大な満潮になる。潮の予定表は、今よりずっと読みにくいものになるはずだ。
もしあなたが海辺の家に住んでいたら、潮見表は天気予報より大事な生活情報になる。今日の満潮はどこまで来るか。玄関までか、床上まで来るのか。2つの月の位置を毎朝確認してから家を出ることになる。
2つの月は、仲良く回っていられない
ここで素朴な疑問がわく。そもそも、月を2つ空に浮かべておくことは、物理的に可能なのだろうか。
答えは「かなり難しい」だ。月は地球のまわりを回りながら、お互いの重力でも引っぱり合う。2つの大きな衛星が近い軌道にいると、すれ違うたびに少しずつ軌道を乱し合う。
軌道の計算をする研究者たちは、こうした天体は長い目で見ると安定しにくいと指摘する。片方がもう片方を少しずつ押し、やがて軌道が交わる。1回の押しは小さくても、それが何千回、何万回と積み重なる。
比べるなら、縄跳びを2人で回している状態に近い。2本の縄がぶつからずに回り続けるには、絶妙にタイミングをそろえ続けなければならない。宇宙にはそれを管理する人がいない。
もちろん、どちらかの月がうんと小さければ、影響は小さくなる。火星には小さな衛星が2つあるが、どちらも数kmから20km程度の小さな岩のかたまりで、丸い月とは比べものにならない。「地球サイズの空に、満月クラスの月を2つ」という条件が、そもそも無理筋なのだ。
つまり「月が2つある地球」は、たとえ最初はきれいに並んでいても、長くは続かない仮の姿だということになる。では、交わった2つはどうなるのか。
衝突のあと、地球は環を持つかもしれない
2つの月が近づきすぎると、ただぶつかるだけでは終わらない。大きな天体の近くでは、相手を引き裂こうとする力——潮汐力(天体の近い側と遠い側で引力の差が生まれ、引きのばす力)が強烈に効くからだ。
天体がある距離より内側に入ると、この引きのばす力が天体自身の重力に勝ってしまう。すると月は1個の塊でいられず、砕けて破片の帯になる。
破片が地球のまわりに散らばって回り始めたら、その姿は見覚えのあるものになる。土星の環だ。土星の環は、氷や岩の無数のかけらが集まってできた平たい円盤で、かつて砕けた天体の名残だと考えられている。
想像してみてほしい。衝突のあとの地球の空には、2つめの月のかわりに、地平線から立ち上がる細い光の帯がかかっている。昼も夜も、天をまたぐアーチとして見える。
その帯は、季節や時間によって見え方を変える。地球の影に入れば暗くなり、太陽の光を受ければ白く輝く。人類が夜空の下で詩や神話を作ってきたように、環のある地球に生まれた文明なら、きっとあの光の弓から別の物語を紡いだはずだ。
ただし、これは「かもしれない」の話だ。衝突の角度や速さしだいでは、破片の多くが地球に降りそそぐこともありうる。きれいな環になるか、隕石の雨になるか。そこは誰にも断言できない。
1つの月が、ちょうどよすぎる
ここまで来ると、今の空に月が1つしかないことが、ずいぶん都合よく思えてくる。
NASAによれば、月は地球から平均で約38万4400km離れている。半径は約1740kmで、地球の幅の3分の1に満たない。遠すぎず近すぎず、大きすぎず小さすぎず、という距離と大きさだ。
この1つの月は、地球にとって重しのような役割も果たしていると考えられている。研究者たちは、月があることで地球の地軸の傾き(今は約23.4度)が大きくふらつかずに保たれている、という説を唱えてきた。傾きが安定していれば、季節の巡りも安定する。
しかもこの月は、今も毎年ほんの少しずつ遠ざかっている。NASAは、月が1年におよそ1インチ、約2.5cmずつ地球から離れていると説明している。爪が伸びるくらいの速さで、月はゆっくり遠くへ去っていく。
地軸の傾きが暴れると、季節は年ごとにめちゃくちゃになり、ある年は極端な酷暑、別の年は長い氷河期、という振れ方をしかねない。いまの穏やかな四季は、月という重しのおかげかもしれないのだ。
遠ざかる1つの月ですら、潮を作り、夜を照らし、地軸を支えている。それがもう1つ増えるだけで、海はあばれ、空はいつか砕ける。足し算で良くなるものではなかったわけだ。
次に満月を見上げたとき、思い出してほしい。あのひとつぶの銀色は、増やしても減らしても成り立たない、ぎりぎりの1個なのだ。