月は今も、毎年2.5センチほど地球から遠ざかっている。爪が伸びるのとだいたい同じ速さだ。その代わりに地球は、自分の1日の長さを少しずつ月へ手渡している。
おなじみの月が、こんなに地味な取り引きを毎日続けているとは思わないだろう。しかもこの取り引きは、潮の満ち引きだけでなく、季節の穏やかさまで左右している。
もし月がある日まるごと消えたら、何が止まるのか。その話をしたい。
月は毎年、爪が伸びるペースで逃げている
NASAによれば、月は地球から平均で約38万4400キロの距離にある。地球を30個ほど一列に並べて、ようやく届く遠さだ。
この距離が、固定ではない。月は年に約2.5センチ(約1インチ)ずつ、ゆっくりと外へ移動し続けているとNASAは説明している。放っておけば、そのうち満月が今より少しだけ小さく見える日が来る。
ただ、月がただ逃げているだけなら面白くもない。問題は、月が遠ざかるのと引き換えに、地球の自転がじわじわ遅くなっていることだ。
つまり地球の1日は、長い時間をかけて少しずつ延びてきた。
白状すると、この「月が遠ざかる」と「1日が延びる」が同じ現象の表と裏だということを、私は長いこと別々の豆知識だと思っていた。両者をつないでいるのが、毎日見ている潮の満ち引きである。
潮の膨らみが、地球にブレーキをかけている
月の重力は、地球の海を月の側へ引き寄せる。NASAの解説では、月に近い側と、ちょうど反対側の2か所に海の膨らみができる。だから多くの海岸は1日に2回、満潮と干潮を迎える。
ここで少し立ち止まってほしい。地球はこの膨らみの下で、グルグルと自転している。
海の膨らみは月の真下にぴたりと留まれない。地球の自転が、膨らみを月の位置より少し前へ引きずってしまうからだ。NASAによると、海岸のある地点が次に月の真下へ戻るまでには、24時間ちょうどではなく、さらに約50分ほど余計にかかる。
この「少し前へずれた膨らみ」が効いてくる。
ずれた海の膨らみは、わずかとはいえ余分な重力で月を前へ引っ張る。引っ張られた月は軌道のエネルギーを受け取り、外側へ押し出されていく。これが、月が毎年逃げていく正体だ。
そして作用があれば反作用がある。膨らみが月を引く一方で、月は膨らみを後ろへ引き戻す。この引き戻しが、地球の自転をわずかに遅らせるブレーキになる。地球が失った回転の勢いは、月の軌道へ移っていく。回転の勢い(角運動量)の総量は保たれたまま、地球から月へ配り替えられているわけだ。
面白いのはここからだ。このブレーキ役が消えたら、地球の1日はどうなるのか。
月がなければ、1日は短いままだった
地球が生まれたばかりのころ、自転はいまよりずっと速かったと考えられている。何十億年ものあいだ、月の潮汐ブレーキが少しずつ回転を削り、1日を24時間近くまで引き延ばしてきた。
だからもし、はるか昔に月が存在しなかったとしたら。
地球は生まれたころの速い自転をほとんど保ったまま回り続け、1日はいまよりかなり短いままだったはずだ。ブレーキ役がいなければ、回転は削られない。
想像してみてほしい。月のない地球に立つと、太陽は今よりせわしなく昇り、あっという間に空を横切って沈んでいく。昼も夜も駆け足で、朝のコーヒーを飲み終わる前に正午になっているような、落ち着かない1日だ。
逆に言えば、私たちが当たり前に過ごしている「24時間」というリズムは、月という相棒との数十億年がかりの綱引きが生んだ、ちょうどいい落としどころなのだ。
ちなみに、もし逆に地球の自転そのものが止まってしまったらどうなるかは、地球の自転が止まったらで別に考えている。回転とブレーキ、どちらを失うかで景色はまるで変わる。
自転軸を支える、重しとしての月
月の仕事は、1日の長さだけではない。もうひとつ、季節そのものに関わる地味で重い役目がある。
地球の自転軸は、公転面に対して約23.5度かたむいている。この傾きのおかげで、太陽の当たり方が1年で変わり、春夏秋冬が生まれる。NASAも、季節をつくっているのは地球の傾きだと説明している。
ここで鍵になるのが、この23.5度という角度が長い時間ほとんど動かずに保たれている、という点だ。
地球はコマのように回っている。回るコマは本来、軸の向きがゆらゆらと首を振りたがる。太陽や他の惑星の重力がその首振りを揺さぶろうとするのだが、そばにある月の重力が重しとなって、傾きが大きく暴れるのを抑えている――研究者のモデル計算は、月がそうした安定装置の役割を果たしてきたと示している。
個人的には、ここが月のいちばん渋い仕事だと思う。潮の満ち引きのような派手さはないのに、気候の土台を静かに支えているのだから。
季節が「荒れる」とは、どういうことか
では、この重しが外れたら何が起きるのか。
月を失った地球の自転軸は、長い時間をかけて今より大きくふらつきうる、とモデル計算は示している。傾きが数度どころか、もっと大きく振れる可能性がある。大きな衛星を持たない惑星では、傾きが長期にわたって大きく変動してきたと考えられており、地球もその仲間入りをしかねない。
傾きが変われば、太陽光の配り方が丸ごと変わる。
たとえば傾きが今よりずっと大きくなれば、夏は極地まで灼けるほど太陽が高く昇り、冬は同じ場所が長い闇に沈む。真夏と真冬の落差が、今とは比べものにならないほど激しくなる。逆に傾きがほぼゼロに近づけば、季節の変化そのものが薄れ、どこも1年中ほとんど同じ陽ざしになる。
やっかいなのは、この変化が数千年、数万年という長い波で、しかも不規則に押し寄せる点だ。気候が落ち着く暇がない。生きものにとっても、文明にとっても、暦の通用しない世界はかなり手ごわいはずだ。
私たちが「毎年だいたい同じ季節が巡ってくる」と信じていられるのは、空の重しが効いているからにほかならない。
おなじみの月が、握っているもの
まとめると、月は2つの綱を同時に握っている。ひとつは潮の膨らみを通じて地球の自転を少しずつ遅らせる綱、もうひとつは重力の重しとして傾きを支える綱だ。
月が消えれば、1日は短いまま二度と延びず、季節は長い時間をかけて荒れていく。穏やかな24時間も、毎年ほぼ同じ顔で巡る四季も、タダで手に入ったものではなかった。
次に夜空を見上げたとき、あの白い円が毎年2.5センチずつ静かに遠ざかっていることを思い出してほしい。爪を切るくらいの気軽さで、月はいまも地球に1日の長さを手渡し続けている。
同じ「月が増えたら」という逆の思考実験は、月が2つあったらでも扱っている。1つでも2つでも、月との距離感は驚くほど絶妙なのだ。