いま、あなたは椅子に座ってじっとしている。のに、赤道の上の地面は時速およそ1670kmで東へすっ飛んでいる。秒速にして460mほど。ライフル弾なみの速さで、気づかないまま運ばれている。

なぜ振り落とされないのか。そして、この回転がもし止まったら、世界は何を失うのか。今日はそれを順番に剥がしていきたい。

先に結論の一番おいしいところだけ言っておく。もし地球が自転をやめたら、海はいまの形を保てない。赤道からじわじわ逃げ出して、両極に2つの巨大な海ができ、赤道には1周ぐるりと陸がつながる、と物理からは予想される。

あなたはいま、時速1670kmで東へ飛んでいる

この数字、最初は誤植かと思った。でも計算は単純だ。赤道をぐるりと一周すると約4万km。地球はそれをおよそ24時間で一回転する。4万kmを24で割れば、だいたい時速1670kmになる。

旅客機の巡航速度が時速900kmくらい、新幹線が320kmくらい。つまり赤道の地面は、旅客機を追い抜く速さでずっと東へ動いている。それでも風を感じないのは、大気も海もあなたの体も、全部まとめて同じ速さで一緒に回っているからだ。

赤道の地面は旅客機より速く東へ動いている。新幹線320km/h・旅客機900km/h・赤道の自転1670km/hの棒比較

ただし、この速さは場所で変わる。緯度が高いほど回る半径が小さくなるので、速度は落ちる。北極点や南極点の真上に立つと、半径はほぼゼロ。その場でくるりと一日一回転するだけになる。

ここで少し立ち止まってほしい。これだけ速く回っていると、外へ振り飛ばそうとする力がどこかに出ているはずだ。その力が、地球の形をこっそり作り替えている。

地球が真ん丸じゃない理由

回転するものには、外へ膨らもうとする力が働く。洗濯機の脱水と同じで、中身が壁へ押し付けられる。あの力を遠心力(えんしんりょく=回転で外向きに働く見かけの力)と呼ぶ。

地球では、この遠心力が赤道のあたりで一番強く効く。いちばん速く回っている場所だからだ。結果として、地球は赤道まわりが少し外へ張り出した「みかん型」になっている。真ん丸ではない。

地球は赤道の直径が約12,756km、極の直径が約12,714kmで、赤道側が約42km太い

数字で見るとこうだ。赤道を通る直径は約12,756km。これに対して、北極と南極を結ぶ直径は約12,714km。その差およそ42km。地球サイズで見ればわずかな出っ張りだが、ちゃんと測れる膨らみとして存在している。

面白いのはここからだ。膨らんでいるのは固い地面だけではない。海の水も同じように、赤道のほうへ少し盛り上がっている。遠心力が水を外側へ押しているからだ。

つまり、いまの海面の形そのものが、地球が回っている証拠になっている。では、その回転がふっと止まったら、盛り上がっていた海はどこへ行くのか。

もし止まったら、海は赤道から逃げ出す

ここからは思考実験だ。断定ではなく、物理の筋道をたどった「たぶんこうなる」の話として読んでほしい。

遠心力は回転が生む力なので、自転が止まればきれいに消える。すると、これまで赤道に水を盛り上げていた支えがなくなる。水は素直に重力へ従い、位置の低いところ――つまり両極の側へ向かって流れ出す、と考えられる。

自転が止まると海は赤道から両極へ逃げ、赤道に陸がつながる思考実験の前後比較

行き着く先は、ちょっと見たことのない地球だ。北と南に大きな海が1つずつ。その間、赤道をぐるりと取り巻くように陸がつながる。いまは海の底に沈んでいる高まりが顔を出し、逆にいまの大陸の低い部分は水の下へ沈む。海と陸の地図が、丸ごと描き直される。

もしあなたがその世界の赤道に立ったら、水平線のどこを向いても海が見えない、という場所がありうる。歩いても歩いても陸が続く。地球の7割が海という常識は、回転をやめた瞬間から通用しなくなる。

水が移動するのは一瞬の出来事ではない。海という巨大な水のかたまりが、長い時間をかけて重力の落ち着く先を探し、ゆっくり居場所を変えていく、という想像になる。沿岸の都市はある場所では干上がり、別の場所では深く沈む。いま見ている海岸線の地図は、回転が止まった世界では一枚も使えなくなる。

妙な話だが、海を「いまの位置」に押しとどめているのは、見えない回転の力だったわけだ。では、空のほうはどうなるのか。回転は海だけでなく、風の向きまで握っている。

風も台風の渦も、回転が決めている

天気予報で台風の雲が渦を巻いているのを見たことがあるはずだ。あの渦の向きも、もとをたどれば地球の自転から来ている。

動いているものを回転する地面の上から見ると、進む向きが少しずつ横へそれて見える。北半球では進行方向の右へ、南半球では左へ。この「そらし」をコリオリの効果(回転する系で動くものが曲がって見える現象)と呼ぶ。

自転が風を右や左へそらすため、北半球の台風は反時計回りに渦を巻く

地球規模の風は、このそらしを受けて複雑な模様を描く。赤道へ吹き込む風が斜めに曲げられて貿易風になり、中緯度では偏西風が西から東へ流れる。台風や低気圧が渦を巻くのも、吹き込む風がコリオリの効果で曲げられるからだ。北半球の台風が反時計回りなのには、ちゃんと理由がある。

もし自転が止まれば、この曲げる力も消える。残るのは、強く熱せられる側と冷える側の温度差だけ。風は渦を巻かず、暖かいところから冷たいところへ、もっと単純に流れるようになる、と考えられている。

渦巻く雲のない空。想像すると少し寂しい。そしてその空の下では、1日の意味そのものも変わってしまう。

1日が、半年の昼と半年の夜になる

自転が止まる、とは「1日かけて一回転する動き」が消えるということだ。では昼と夜はどうなるのか。

単純に考えてみる。地球は自転とは別に、1年かけて太陽のまわりを公転している。もし自転だけが止まり、公転は続くとすると、太陽に対しては1年で1回だけ向きを変えることになる。つまり、昼が約半年、夜が約半年。1日の長さが1年にまで引き伸ばされる計算だ。

半年ずっと照らされ続ける側は焼けつき、反対側は半年の闇で凍てつく。朝も夕方も、年に一度しか来ない。この落差を思うと、24時間でくるくる昼夜が入れ替わる今の暮らしが、ずいぶん忙しなくも、ありがたくも思えてくる。

ゆっくり回る惑星なら、実例が隣にある。金星だ。金星は1回自転するのに地球の約243日分、時間にして5832時間もかかる(NASAの資料による)。太陽系で一番のんびり回る惑星で、金星の「1日」は、気の遠くなるほど長い。

地球がこの金星なみにブレーキをかけたら、と想像すると、自転がたった24時間で一周してくれていることの絶妙さが効いてくる。昼と夜が短い周期で入れ替わるおかげで、どこも焼けすぎず凍えすぎずに済んでいる。

地球は、ほんの少しずつ回転をやめかけている

ここまで「もし止まったら」の話をしてきた。でも最後に、少しだけ現実の話をしたい。地球の自転は、実はごくわずかずつ遅くなっている。

主な原因は、月との潮汐(ちょうせき=月の引力が生む海の満ち引き)のやりとりだ。満ち引きが海底や海岸とこすれて、回転のエネルギーを少しずつ削っていく。そのぶん1日は、気の遠くなるような長い時間をかけて、じわじわ伸びてきた。

もちろん、あなたが生きている間に昼夜が半年になることはない。変化は1世紀にごくわずかという、感覚ではまったく捉えられない速さだ。それでも、遠い未来に向かって地球は確かにブレーキを踏み続けている。

今朝、あなたが窓の外に見た水平線の高さも、夕方のニュースで渦を巻いていた台風の向きも、半年で昼夜が切り替わらない当たり前の1日も、全部ひとつの事実の上に乗っている。この星が、時速1670kmで、今日も休まず回り続けているという事実の上に。