570キロの探査機を、秒速6.6キロで小惑星にぶつける。たったそれだけのことが、人類の歴史を変えた。
2022年9月26日、NASAの探査機DARTは小惑星ディモルフォスに正面衝突した。DARTはDouble Asteroid Redirection Testの略だ。地球から約1,100万キロ離れた場所で、冷蔵庫ほどの大きさの機械が岩の塊に突っ込んだのだ。結果、ディモルフォスの公転周期は32分も短くなった。「小惑星の軌道を人工的に変えた」のは、これが史上初だ。
「ぶつけるだけ」が、なぜ歴史的だったのか
正直に言おう。やったことだけ見れば「ぶつけた」で終わる。技術的には自動運転の体当たりだ。しかし、このシンプルさこそが核心だった。
小惑星の軌道を変える方法は、いくつか提案されてきた。核爆弾で吹き飛ばす案、レーザーで表面を蒸発させる案、「重力トラクター」という探査機を横に飛ばして引っ張る案。どれも理論上はありえるが、実証されたものはなかった。DARTは最もシンプルな「運動量をぶつけて押す」方式を、実際にやってみせた。
ここで面白いのは、衝突の効果が「探査機の質量分だけ」では済まなかったことだ。衝突で吹き飛んだ岩石の破片がロケットの噴射のように反動を生み、探査機本体の3.6倍もの力でディモルフォスを押した。570キロの探査機が、2トン分の仕事をしたことになる。
この「運動量転移効率」が予想以上に高かったことは、研究者たちにとっても驚きだった。ぶつけてみるまで、本当のところはわからなかったのだ。
ディモルフォスは「月」を持つ小惑星だった
ここでターゲットの話をしよう。DARTが狙ったのは、ディモルフォスという直径約150メートルの小惑星だ。単独で漂っているわけではなく、ディディモスという直径約780メートルの小惑星の周りを回る「衛星」のような存在だった。
なぜわざわざ連星を選んだのか。理由は測定のしやすさにある。ディモルフォスがディディモスの周りを1周する時間(公転周期)を衝突前後で比べれば、軌道がどれだけ変わったか一発でわかる。単独の小惑星だと、太陽の周りを何年もかけて回る軌道のわずかな変化を追わなければならない。それでは時間がかかりすぎる。
衝突前、ディモルフォスの公転周期は11時間55分だった。衝突後、11時間23分に縮んだ。差は32分。NASAが事前に「最低でも73秒変われば成功」と言っていたから、期待値の25倍以上の成果だ。これを知ったとき、正直、笑ってしまった。73秒のハードルに対して32分というのは、跳び箱を5段で練習していたら8段飛べたようなものだ。
Heraが「答え合わせ」に向かう理由
DARTの衝突は大成功だった。しかし、肝心の問いが残っている。「次に本当に危険な小惑星が来たとき、同じ方法で守れるのか?」
DARTの衝突で32分のずれが生じたことはわかった。だが、なぜ32分だったのか、その内訳がまだはっきりしない。ディモルフォスの内部は岩盤なのか、砂利の塊なのか、スカスカの瓦礫の山なのか。内部構造によって、衝突の効き方はまったく違ってくる。
たとえば固い岩にぶつかれば、破片は少なく飛び散る。逆に砂利の集合体なら、大量の破片が噴き出して反動も大きくなる。DARTの結果が「たまたまうまくいった」のか「再現性がある」のかを判断するには、衝突した相手の中身を知る必要がある。
ここで登場するのが、ESA(欧州宇宙機関)のHera探査機だ。2024年10月に打ち上げられたHeraは、2026年末にディモルフォスへ到着する予定になっている。DARTが残した衝突痕(クレーター)の大きさや形状を調べ、ディモルフォスの質量と内部構造を精密に測る。ぶつけた側のデータはDARTが取った。ぶつけられた側のデータはHeraが取る。この両方が揃って初めて、惑星防衛の方程式が完成する。
Heraが積んでいる「小さな相棒」たち
Heraは1機で行くわけではない。ミレーナとジュベンタスという2基の超小型衛星(キューブサット)を連れている。どちらも靴箱くらいのサイズだ。
ミレーナはディモルフォスの表面を近距離で撮影する担当だ。DARTが開けたクレーターの詳細な形状を記録する。ジュベンタスのほうはもっと踏み込んでいて、レーダーで内部構造を透視する。地球の地質調査で地中を探るのと似た原理で、小惑星の中身がどうなっているかを調べる。
この「中身を調べる」という作業が、実は惑星防衛にとって決定的に重要だ。小惑星は一つひとつ組成が違う。金属リッチなものもあれば、氷混じりのものもある。炭素質の、もろい岩石のものもある。次に地球に接近する危険な小惑星がどのタイプかによって、ぶつける探査機の質量も速度も変えなければならない。ディモルフォスの内部データは、その計算式の「定数」を埋める材料になる。
防災訓練としてのDART ── やってみなければわからない
ちょっと身近な話に置き換えてみよう。地震の避難訓練を思い浮かべてほしい。
マニュアルには「机の下に隠れる」「ヘルメットをかぶる」と書いてある。でも、実際にやってみると想定外が出てくる。「机の下に全員は入れない」「ヘルメットの場所がわからない」。訓練しなければ、その穴は永遠に見つからない。
DARTとHeraの関係は、まさにこれだ。DARTは「実際にぶつけてみた」訓練であり、Heraは「訓練結果の検証と報告書作成」にあたる。ぶつけるだけなら映画的でかっこいいが、検証しないと次に使えない。正直、Heraのほうが地味だけれど、惑星防衛という仕組みを完成させるには不可欠なピースだ。
そしてもうひとつ。DARTの成功が示したのは「人類はもう、小惑星に対して無力ではない」ということだ。6600万年前、恐竜は直径10キロの小惑星が地球に衝突して滅んだ。あの時代の恐竜にはどうしようもなかった。でも今の人類には、少なくとも「ぶつけて押す」という選択肢がある。その選択肢が本当に使えるかどうかを確かめに行くのが、Heraなのだ。
ディモルフォスは予想外の姿になっているかもしれない
Heraが到着したとき、ディモルフォスが「想定通りの姿」をしている保証はない。むしろ、大きく変わっている可能性がある。
DARTの衝突後、地上やハッブル宇宙望遠鏡の観測で驚くべき光景が確認された。ディモルフォスから大量の破片が長い尾のように伸びていたのだ。その量は100万キロ以上の尾を形成するほどだった。これだけの物質が飛び散ったなら、ディモルフォスの形そのものが変わっていてもおかしくない。
もともとディモルフォスは「おにぎり」のような形をしていたとされる。しかし衝突のエネルギーで表面が大きく削れ、あるいは全体の形状が変わっている可能性を研究者たちは指摘している。Heraのカメラがとらえる姿が丸っこくなっているのか、いびつに崩れているのか。それ自体が「小惑星に衝突したら何が起きるか」という問いへの貴重な答えになる。
もし形が大きく変わっていたら、それは「小惑星が予想以上にもろかった」ことを意味する。もろい小惑星には、ぶつける方式が効きやすい反面、破片が大量に飛散するリスクもある。壊しすぎて散弾のように破片が飛んでくる、なんて事態は避けたい。そのさじ加減を知るためにも、Heraの観測データは欠かせない。
人類はまだ「1問目」を解いたばかり
DARTとHeraのミッションは、惑星防衛という壮大な問題に対する最初の一歩にすぎない。ディモルフォスは直径150メートル。地球に衝突すれば都市ひとつを壊滅させる規模だが、恐竜を滅ぼした小惑星の100分の1以下のサイズだ。もっと大きな小惑星が来たとき、同じ方法で対処できるかはまだわからない。
さらに、ぶつけて軌道を変えるには「早期発見」が前提になる。衝突の数年前、できれば数十年前に見つけなければ、軌道を十分にずらす時間がない。現在、地球近傍天体は約35,000個が発見されている。だが直径140メートル以上の「都市破壊級」は、まだ4割近くが未発見と推定される。
つまり、惑星防衛は「見つける」「ぶつける」「検証する」の3つが揃って初めて成り立つ。DARTは「ぶつける」を実証した。Heraが「検証する」を担う。そして各国の地上・宇宙望遠鏡が「見つける」を日々進めている。
正直なところ、こういう話を聞くと少し安心する。映画のように隕石が迫ってからパニックになるのではない。何年も前から地道にテストし、データを集め、次の手を考えている人たちがいる。DARTの衝突から4年。Heraがディモルフォスに着いたとき、私たちは人類初の「小惑星を押してみた結果」の答えを手にすることになる。
その答えが、いつか本当に地球を救う日が来るかもしれない。来ないほうがいいに決まっているけれど、備えがあるのとないのとでは、まるで話が違う。