木星の大きさが変わった、という話をしたい。
「大きさが変わる」というのは変な言い方だとわかっている。木星そのものはもちろん変わっていない。変わったのは私たちの「知っている数字」のほうだ。2026年2月、NASAのJuno探査機が取得したデータをもとに、科学者たちが木星の形状を測り直した。結果は、50年前の観測とわずかにずれていた。
赤道半径で約8キロメートル、極半径で約24キロメートル。宇宙のスケールからすれば「ほんのちょっと」だ。でも、この数字が半世紀にわたって惑星科学の「物差し」として使われてきたことを考えると、話はもう少し複雑になる。
木星の半径は、宇宙の物差しだった
天文学では、遠くの惑星を直接測ることができない。ではどうするかというと、惑星が親星の前を横切る「トランジット」という現象を使う。惑星が星の前を通ると、星の光がほんの少し暗くなる。その暗さの深さは、惑星の断面積──つまり惑星の半径の二乗──に比例する。
このとき必要になるのが「比較対象」だ。観測データの中に「この惑星の半径は木星と同じくらい」という情報があれば、木星の正確な半径を知ることで、系外惑星の半径も計算できる。木星の半径は、太陽系外の世界を測る「物差しのゼロ点」だったのだ。
ところが、これまで使われていた物差しは1970年代に測られたものだった。NASAのパイオニア探査機とボイジャー探査機が6回の電波掩蔽実験を行い、そこから木星の形状を推定した。技術的には最先端だったが、データの量も精度も今の基準では物足りない。
50年間、誰もその数字を疑わなかったというよりも、疑えるだけのデータがなかった。
Junoが持ち帰ったデータ
Junoは2016年に木星軌道に入り、それ以来木星を何周もしながら観測を続けてきた。電波掩蔽実験の回数はすでに13回。1970年代の2倍以上だ。
方法はシンプルな原理に基づいている。JunoはNASAの深宇宙通信網(ディープスペースネットワーク)に向けて電波を送り続ける。このとき、Junoが木星の陰に入る直前と直後、電波は木星の電離層──大気の最上部にある、電気を帯びた層──をかすめて通る。
電波が大気をかすめると、周波数がわずかに変化する。その変化のパターンから、大気の温度・圧力・電子密度を層ごとに計算でき、最終的に木星の正確な輪郭を算出できる。GPS衛星が地球の大気の影響を補正する技術と、基本的な考え方は似ている。
13回分のデータを総合した結果、木星は赤道方向に約8キロメートル、極方向に約24キロメートル、従来の測定より小さかった。また、「よりつぶれた形」(扁球形)をしていることも明確になった。この結果は、2026年2月2日付けのNature Astronomy誌に掲載された。
「たった8キロ」が意味すること
8キロ、という差をどう受け取るかは人によって違うと思う。「そんなわずかな差で騒ぐのか」と感じる人もいるだろう。木星の赤道半径は7万キロ以上だから、8キロは全体の0.01%にも満たない。
ただ、精度という観点でいうと話は変わる。医学のたとえで言えば、体温計が「37度ちょうど」と「37度を少し超えている」の差を区別できるかどうかは、治療方針を決めるうえで全然違う意味を持つ。惑星科学でも同じで、「基準値がより正確になった」ことの影響は、数字の大きさよりずっと広い。
具体的には二つの効果がある。一つは、系外惑星の半径測定がより正確になること。木星を基準に計算してきた数千個の巨大惑星の半径が、わずかに補正される可能性がある。もう一つは、木星型惑星の内部モデルの精緻化だ。惑星の形状は、内部の質量分布と自転の組み合わせで決まる。正確な形状データは、木星の内部構造──どこまでがガスで、どこからが固体コアか──を推定する計算に直接影響する。
もう少し身近な言い方をすると、木星を「定規のゼロ点」に使って測った系外惑星は、現在5,000個以上見つかっている。その中で木星半径を基準にサイズ推定されたホットジュピターだけでも数百個に及ぶ。定規のゼロ点が8キロずれていたということは、それら数百個の「身長測定」がほんのわずか不正確だったことを意味する。一つ一つの誤差は小さいけれど、統計的に数百個を束ねたとき、惑星の大きさの分布──ある半径帯に惑星が多いか少ないか──の解釈に微妙な影響が出てくる。
正直に言えば、「これで何かが劇的に変わる」というより「50年分の蓄積が少し賢くなった」という感じに近い。それでも、科学がじわじわと前に進む瞬間を見ている気がして、なんとなく嬉しくなる。
50年ぶりに問い直された理由
なぜ50年間、誰も測り直さなかったのかという疑問は自然だと思う。答えは単純で、木星を間近で観測できる探査機が長い間なかったからだ。
ガリレオ探査機(1995〜2003年)は木星を周回したが、電波掩蔽実験には適した軌道をとらなかった。Junoは最初から電波科学を主要な観測目標の一つとして設計されており、しかも木星の極軌道を高い頻度でフライバイするという、掩蔽実験に理想的な軌道を周回している。
研究チームは「今回の発見は、惑星測定の精度がいかに重要かを示している」とコメントしている。スタンフォード大学の共同研究者は「木星のより正確な形状は、木星型の系外惑星をトランジット法で測定する研究者にとって、重要な校正基準になる」と述べた。
木星の次、という問い
Junoの電波掩蔽データはまだ蓄積中だ。探査機の活動は延長されており、追加のデータが今後の論文につながる可能性もある。
より先の話をするなら、同様の手法は土星にも応用できる。カッシーニ探査機が2017年に土星に突入した際の電波観測データをさかのぼって分析する研究も進んでいる。つまり「木星で確立した手法を他の惑星にも展開する」という流れが生まれつつある。
天王星と海王星についても課題は残っている。この二つの氷惑星を最後に近くで観測したのはボイジャー2号で、それぞれ1986年と1989年のことだ。約40年前のデータで、しかもフライバイは1回きり。Junoが木星で13回の掩蔽実験を積み重ねたのとは比べものにならない。NASAは2030年代に天王星探査機の打ち上げを検討しており、実現すれば太陽系外縁の「物差し」もようやく更新されることになる。
宇宙の探査は、派手な発見だけで前に進むわけじゃない。基準値を更新する、物差しを直す、そういう地道な作業が積み重なって、ものさし全体が正確になっていく。木星の「ちょっと小さかった」という事実は、そういう地道さの結晶だと思う。
50年ぶりに木星を測り直した人たちは、きっとそのことをわかった上で、粛々と論文を書いたのだろう。