地球には月という衛星が1つある。教科書にそう書いてある。でも、太陽の周りを地球と一緒に回りながら、地球のそばをうろついている石がもう1つあることを知っている人は少ない。
「カモオアレワ」という名前の、40〜100メートルの岩石だ。2016年にハワイのパンスターズ望遠鏡が発見した。その石に今、中国の探査機・天問2号が向かっている。2026年7月に到達予定で、この記事を書いている今ちょうど接近中だ。
なぜこんな小さな石がこれほど注目されているか。理由は単純で、この石の「正体」がまだ誰にもわからないからだ。
「準衛星」というちょっと変な天体
まず、カモオアレワが何者かを整理しておきたい。
月は地球の引力につかまった衛星で、地球の周りを約27日かけて回っている。カモオアレワは違う。こちらは太陽の周りを回っていて、地球の衛星ではない。でも公転周期がほぼ地球と同じ(366日)なため、地球から見るといつもそばにいる。
天文学者はこういう天体を「準衛星(クワジサテライト)」と呼ぶ。地球の周りをぐるぐる回っているように見えるが、実際には太陽を回っている、という不思議な存在だ。地球から見るとヒョウタンのような軌跡を描きながら、約45年周期でその動きを繰り返している。
ハワイ語で「カモオアレワ」は「揺れながら動く欠片」という意味らしい。なかなかいい名前だと思う。
地球最接近時でも1400万キロ離れている
サイズを確認しておくと、カモオアレワは40〜100メートルと非常に小さい。2024年の3D解析では100×81×46メートルという寸法が出ている。小さいのに自転が速くて、28分で1回転する。
地球から最も近づいても約1400万キロ離れているから、月(38万キロ)とは比較にならないほど遠い。だから地球の重力にはつかまらず、独立して太陽を回り続けている。
でも宇宙探査という観点では、これは「近い」天体に分類される。月と違って大気がなく、軌道がある程度安定していて、しかも地球から何度もアクセスできる位置にある。探査機を送り込む燃料コストが小惑星帯の天体より抑えられる。
問題は「どこから来たのか」
カモオアレワが一躍注目を集めたのは、2021年に発表されたある研究がきっかけだ。
アリゾナ大学の研究チームが「カモオアレワのスペクトルが月の岩石に似ている」と報告した。スペクトルというのは、天体に当たった光がどう反射・吸収されるかを示すデータで、いわば天体の「光の指紋」だ。
月の土壌は長い年月の間に太陽風や微小隕石に叩かれて変質(宇宙風化)しており、独特の赤みがかった色調を持つ。カモオアレワのスペクトルがその月の土壌に酷似していた。「これはもしかして月から飛び出した欠片ではないか」という話になった。
月面にはたくさんのクレーターがあり、過去に大型天体が衝突したときに岩石が宇宙に飛び出したことはわかっている。月の裏側にある「ジョルダーノ・ブルーノ・クレーター」(直径22キロほど)が打ち上げ源の候補として挙がった。
2026年5月、研究者たちが「待った」をかけた
ところが話はそう簡単ではなかった。
天問2号がカモオアレワに向かっている最中の2026年5月、中国科学院の楊力(ヤン・リー)ら研究チームが『ネイチャー・コミュニケーションズ』に論文を発表した。要旨はこうだ。「スペクトルが月に似て見えるのは、宇宙風化のせいかもしれない」。
研究チームはLLコンドライトという種類の隕石(石質隕石の一つ)を粉末にして、マイクロメートル規模のレーザー照射で「数百万年分の宇宙風化」を実験室で再現した。すると、LLコンドライトの粉末の色が劇的に変化し、最終的にカモオアレワのスペクトルとほぼ一致した。
さらに軌道シミュレーションで、カモオアレワが「フローラ族」と呼ばれる小惑星帯のグループに起源を持つ可能性を示した。フローラ族は火星軌道と木星軌道の間にある小惑星帯の中で、地球に近い側に集まっているグループだ。重力の影響を長い時間かけて受け続けると、一部の天体が軌道を変えて地球近傍に来ることがある。
この研究は「月起源説を完全に否定するものではない」と慎重な姿勢を取りつつも、宇宙風化を経た普通の小惑星の可能性を真剣に検討すべきだと主張した。
要するに今、「月から来た」と「小惑星帯から来た」という2つの説がほぼ同等の重みで並んでいる状態だ。
天問2号が「答え」を持ち帰る
ここで天問2号の出番になる。
中国は2025年5月29日、四川省の西昌衛星発射センターから天問2号を打ち上げた。この探査機は2026年7月にカモオアレワの軌道に入り、数カ月かけて観測した後、2027年4月ごろに石のサンプルを採取して離脱。2027年末に地球に帰還する計画だ。
天問2号が持ち帰るサンプルは小さな石粒だが、その成分を地球の実験室で精密に分析すれば、月の岩石と一致するかどうかが決定的にわかる。もしLLコンドライトに近い成分が出れば小惑星帯起源の可能性が高まるし、月の土壌特有の成分が出れば月起源説が強まる。
地球上でどれほど精巧なシミュレーションをやっても、実物の石には敵わない。それが宇宙探査の醍醐味だと思う。
もし月から来た石だとしたら
仮にカモオアレワが本当に月から飛んできた破片だとしたら、話は一気に面白くなる。
月は地球から38万キロ離れているが、何十億年という時間の中で、無数の天体が衝突してきた。その衝突で飛び出した岩石の一部が、宇宙空間を漂いながら今も地球のそばにある。もしかしたらカモオアレワだけではなく、他にも月から来た石が「準衛星」として近くにいるかもしれない。
それはある意味で、月がずっと近くにいる証拠でもある。38万キロ彼方の衛星が、数百万年前に欠片を地球に向けて送り出していたとしたら、なんとなく親しみが湧く話だ。
一方、フローラ族の小惑星帯から来た石だとしても、それはそれで興味深い。宇宙空間の力学がゆっくりと小さな石を地球に近づけ、ここで「準衛星」という変なポジションに落ち着かせた。億年単位の旅の末路がこれというのも、なかなか詩的だ。
「答え合わせ」は2027年末
天問2号が帰還するのは2027年末の予定だ。それまでに軌道上の観測データも続々と届くだろう。石の自転や形状の精密な測定も、起源を絞り込む手がかりになる。
カモオアレワは小さな石だが、この石が「月の欠片」だったとしたら、月探査の文脈で重要な位置を占めることになる。アルテミス計画で人類が月に戻ろうとしているこのタイミングで、月から飛び出した石が地球のそばにある、というのは妙な符合だ。
石ころ一つの素性を調べるのに、人類は何億円もの探査機を8億キロ以上(往復)飛ばす。正直、笑えるほど大げさだとも思う。でも2027年末に答えが出たとき、それが正しい選択だったとわかるんだろうと、ちょっと期待している。