地球のそばには、月のほかにもう一つ、ずっと一緒に太陽を回っている石がある。
差し渡し数十メートルの、名前もついた小さな岩だ。ただし地球は、その石を重力で捕まえてはいない。
白状すると、この石のことを長いあいだ「第二の月」だと思い込んでいた。ところが調べてみると、月とはまるで立場が違う。捕まえてもいないのに、離れてもいかない。そんな中途半端な関係が、太陽系にはちゃんと成り立っている。
地球について回る、月じゃない石
その石の名前はカモオアレワ(Kamoʻoalewa)という。2016年4月、ハワイのハレアカラ天文台にある観測プロジェクト「Pan-STARRS」が見つけた地球近傍天体だ。
大きさは観測からの推定で数十メートル、40〜100メートルほどとみられている。小型のビル1棟くらいの、宇宙的にはごく小さな岩である。
面白いのは、この石が地球の「準衛星(quasi-satellite)」と呼ばれる立場にあることだ。準衛星というのは、惑星のそばにいてずっとついて回るように見えるのに、その惑星の重力にはきちんと束縛されていない天体をさす。
つまり地球からすると、家族(=月)ではないのに、なぜか毎年そばにいるご近所さん、といったところ。
ここで一つ引っかかってほしい。捕まえていないなら、どうして離れていかないのだろう。
「捕まえていないのに離れない」の正体
答えは、地球とカモオアレワが太陽を回る「速さ」がほとんど同じ、という一点にある。
地球が太陽を一周するのに約1年かかるのはご存じのとおり。カモオアレワの周期はおよそ1.001年と、地球のそれとほぼ変わらない。太陽から見た距離(軌道長半径)も、ほぼ1天文単位(=地球から太陽までの距離、約1億5000万キロ)でそろっている。
同じ道を、同じくらいの速さで走っていれば、二台は並んだまま離れない。高速道路で、窓の外の車がずっと隣を走りつづける、あの感覚に近い。片方がわずかに速ければ前へ抜けていき、遅ければ後ろへ消える。でも速さがそろっているうちは、隣に居つづける。
妙な話だが、これは地球がカモオアレワを引き寄せているわけではない。両者はそれぞれ独立に太陽の重力で回っていて、たまたまペースが一致しているだけなのだ。
だから重力の話でいうと、カモオアレワは地球の「勢力圏」の外にいる。惑星の重力が実質的に主導権を握れる範囲を「ヒル圏」と呼ぶが、月はその内側、カモオアレワは外側にいる。
月は地球の重力にがっちり握られて、地球のまわりを回っている。カモオアレワはそうではない。太陽に手を引かれたまま、たまたま地球と歩調が合っている。同じ「そばにいる」でも、中身がまるで違う。
地球から見ると、大きな輪を描いている
ここからが本題で、個人的には一番好きな部分だ。
地球とカモオアレワは並走しているのだが、両者の軌道はぴったり同じではない。カモオアレワの軌道はもう少し細長く、傾きもある。すると地球から眺めたとき、この石は年間を通じて前に出たり後ろに下がったりする。
その動きを地球を中心にした視点でつなぐと、カモオアレワは地球のまわりを大きな輪を描いてぐるりと回っているように見える。1年かけて一周する、ゆがんだ輪だ。
だから「準衛星」と呼ばれる。衛星のように回って見えるけれど、本物の衛星ではない、という意味だ。
肝心なのは距離感である。この見かけの輪は、とても大きい。カモオアレワが地球から離れている距離は、月までの38〜100倍にもなる。
月は地球から約38万キロ。その数十倍だから、カモオアレワはおよそ1,500万〜3,800万キロも彼方にいる。
数字だけ見るとピンとこないが、要するに「そばにいる」といっても、月よりはるかに遠い場所を回っているということ。地球の重力が主役になるには、遠すぎるのだ。この石にとって主導権を握っているのは、あくまで太陽である。月ほど近ければ地球の重力に捕まっただろうが、カモオアレワはそのぎりぎり外側で、太陽の手を握ったまま並走している。
数百年で、関係が揺れ動く
もしあなたがカモオアレワの表面に立って地球を見上げたら、地球は空をゆっくり大きく動いていくはずだ。近づいては遠ざかり、また戻ってくる。しかもこの関係は、永遠には続かない。
天体力学の計算によれば、準衛星のような軌道は本質的に不安定で、時間とともに別の運動へ移り変わっていく。カモオアレワの場合、数百年ほどのあいだ準衛星でいたあと、今度は「馬蹄形軌道(horseshoe orbit)」と呼ばれる状態へ移ると考えられている。
馬蹄形軌道というのは、地球の前方まで進んでは引き返し、後方まで下がってはまた戻ってくる、U字(馬蹄)を描くような揺れ方をさす。準衛星のように地球のそばに張りつくのではなく、軌道上を前後に大きく行ったり来たりするイメージだ。
しかも研究によれば、この二つの姿は一方通行ではない。準衛星と馬蹄形のあいだを、何度も行き来してきたらしい。近づいたり離れたりを、気の遠くなるほど繰り返してきた石なのだ。
そう考えると、いまカモオアレワが準衛星の顔をしているのは、長い歴史のほんの一場面にすぎない。名前の由来を知ると、それがなおさら腑に落ちる。カモオアレワはハワイ語で、ハワイの創世をうたった詠唱「クムリポ」に由来し、「揺れ動くかけら」といった意味を持つとされる。名づけた人たちは、この石の落ち着かない身の上を言い当てていた。
この石は、月のかけらかもしれない
では、そんな石はいったいどこから来たのか。
これがまた面白い。近年の研究で研究チームは、カモオアレワが月から飛び散ったかけらではないか、と報告している。反射する光の性質(スペクトル)を調べたところ、ふつうの小惑星よりも、宇宙で風化した月の岩に近い特徴が見られたという。
かつて月に天体が衝突したとき、その衝撃で月の岩の破片が宇宙へ放り出され、そのひとつが地球のそばを回りつづけている――そういう筋書きだ。もしそうなら、この石は「月ではないのに月生まれ」という、二重の中途半端さを抱えていることになる。
もし本当に月のかけらなら、その表面には月に刻まれた歴史がそのまま封じ込められている。地球のすぐそばで、いつでも手が届く距離に、月の過去のサンプルが浮かんでいる、ということになる。
ただし、これはまだ観測から推定された仮説の段階だ。確かめる一番の方法は、実際にかけらを持ち帰って調べること。実際、この小さな石を目指して試料を採取する探査ミッションも進んでいると報じられている。
観測から素性を推理する段階から、手のひらで確かめる段階へ。数十メートルの岩が、いま静かに注目を集めている。
そばにいる、というだけの関係
私たちは「月」と聞けば、当たり前のように地球の家族だと思う。重力でつながれ、潮の満ち引きを起こし、夜空でいちばん目立つ相棒。
でもそのすぐ外側に、家族ではないのにずっと付き添う石があった。重力に捕まってはいないのに、決して離れていかない。ただ同じ道を、同じ速さで回っているというだけで。
宇宙のつながり方は、握りしめるだけではないらしい。並んで走る、という関わり方もある。そして数百年もすれば、その並走の形さえ静かに崩れていく。
今夜、月を見上げることがあったら、その少し先の暗がりを想像してみてほしい。そこを、月ではない小さな石が、地球と歩調を合わせて回っている。