遠藤というのが、まあ普通の引越し屋だ。ただし宇宙で仕事をしている。
創業16年、木星圏から土星圏まで荷物を運んできた。「どんな重い荷物も笑顔でお届け」が会社のうたい文句だった。問題は、最近その「重い荷物」が実在しないお客がいることだ。
木村という男がいた。なんとなく地味な人で、初めて依頼を受けたのは5年前だ。
そのときは普通の引越しだった。ダンボール50箱、家具13点、その他こまごまとしたものが廊下に積まれていた。遠藤はスタッフ2人を連れて3時間で片付けた。
2回目は1年後だった。ダンボール28箱、家具9点。「断捨離しました」と木村は言った。
3回目はその翌年。ダンボール12箱、家具4点。「もっとスッキリしたくて」。
4回目から6回目まで、荷物はなんとなく減り続けた。木村が捨てているというより、勝手に減っていく感じだった。
7回目の依頼が来たとき、見積もりに行った遠藤は部屋を見渡して少し黙った。
ダンボール2箱。スーツケース1つ。
「……引越し先は?」
「木星の第4衛星に空いてる安い物件があって」
「あー」と遠藤は言った。安い物件は宇宙ではだいたい重力が弱いか眺めが悪い。木村の場合はたぶん両方だろうが、それは仕事と関係がない。
遠藤一人で軽バン型の貨物艇に積んだ。2時間で終わった。
遠藤の会社の見積もりソフトは、荷物量に0を入力するとエラーが出る。最低1点の仕様だった。7回目は「2点」と入力した。
8回目の依頼の電話が来たとき、着信欄に「木村様(8回目)」と自動で表示された。
「今度、また引越しするんですけど」
「はあ」
「荷物、スーツケース1つだけで」
遠藤は少し間を置いた。
「……それって、引越しですか?」
「どういう意味ですか」
「荷物が1つなら、普通に電車で持ってけばいいんじゃないかな、って」
「でも電車は宇宙に通ってないです」
それはそうだ、と遠藤は思った。
見積もりに行くと、木村の部屋にはスーツケースが1つ、ぽつんと立っていた。カーテンもなく、棚もなく、窓から土星の輪が見えた。木村も前より少し細く見えた。
「また依頼してもらえますか」と木村は言った。
「次はもっと減るんじゃないですか」と遠藤は聞いた。軽い冗談のつもりだった。
「わかりません」と木村は言った。「でも、また頼みます」
遠藤はうなずいて、見積もり書を取り出した。荷物量の欄に「1点」と打ち込んだ。エラーは出なかった。
スーツケースを貨物艇の荷台に積んだ。広い荷台にぽつんと一つ。遠藤は癖で荷締めベルトをかけた。動くはずのない軽さだったが、手が勝手に締めた。