田沢が退職した週、宇宙貨物ターミナルのBブロックで遅延が三件出た。

それだけなら珍しくない。でも引き継ぎを担当した上司が記録を調べると、田沢が在籍していた12年間、Bブロックの遅延件数がゼロだったことに気づいた。三件出たのは、田沢が定位置を離れた日からだった。

「田沢って、何してたんですか、あそこで」と新任担当の宮本が上司に聞いた。

「さあ」と上司は答えた。それ以上は調べなかった。

Bブロックは、月と火星を結ぶ主要ルートから外れた中継ポイントだ。一日に通る貨物コンテナは多くて二百個ほどで、近くのAやCと比べるとずっと静かだった。ターミナル全体から見れば地味な場所で、担当者にキャリアアップの機会がほとんどない。田沢はその地味なブロックに、なんの文句も言わずに十二年間通い続けた。

田沢の仕事は「コンテナの流れを見る」ことだった。ゲートを通るタイミング、ドックの気圧変動、荷物の重心。微妙なズレを感じたら、ほんの少し向きを変えたり、間隔をずらしたりする。うっかり大きく動かすと逆効果になるので、ほとんど動かない日もある。

「風を読んでいます」と田沢は新人に説明した。宇宙空間に風などというものはない。でも田沢の言う風とは、コンテナ同士の相互作用だとか、ドックの微小な気流変化だとか、そういう目に見えない小さな力のことらしかった。

もっとも、田沢自身もうまく説明できた試しがなかった。大体の新人はうなずいて別の先輩のところへ行ってしまった。それでいいと田沢は思っていたようだ。

ある年の三週間、田沢が入院したことがある。胆石だった。他の係員がBブロックをローテーションで回すと、その期間に遅延が七件出た。管理部は「荷量が増えたため」と記録した。ちなみに、その年の荷量は前年比で一・二パーセントしか増えていなかった。田沢が退院して定位置に戻ると、遅延はまたゼロになった。この前後関係に気づいた人は、その時はいなかった。

退職当日、田沢は引き継ぎのために宮本と二時間ほどBブロックに立った。業務マニュアルには「担当者は定位置に立つこと」とだけ書いてある。引き継ぎのたびに誰もがそこで止まって考えてきた一文で、田沢もその説明に毎回困ってきた。

「どこに立てばいいんですか」と宮本が聞いた。

「ここ」と田沢は言って、ゲートから少し斜めに外れた位置を示した。「コンテナが通るのが見えて、ドックの音が聞こえるところ」

「なんでそこなんですか」

「なんとなく、ここに立ってると落ち着く」

宮本はやっぱり分からない顔をした。仕方ない、と田沢は思った。

そのとき、ドック奥からB-0047番コンテナがゲートに向かってきた。やたらと横揺れしている。重心がよくない積み方をされている便で、田沢が毎週少し緊張して待ち構えていた荷物だった。

田沢は前に出ようとして、止まった。「あそこ」と宮本に言った。「もう少し右」

宮本は戸惑いながら、言われた位置に立った。B-0047が宮本のそばを通りかかったとき、ふっと揺れが落ち着いた。ゲートをすんなり抜けて、レールの向こうへ消えていった。

宮本が振り返った。「いまの、何ですか」

「遅延なし」と田沢は言った。

「ぼく、何もしてないですよ」

「うん」

田沢は何も言い足さなかった。宮本もそれ以上は聞かなかった。

Bブロックでの最後の仕事は、それで終わりだった。

退職後に田沢が聞いた話では、宮本はBブロックで一度も遅延を出していないそうだ。毎日、ゲートから少し斜めに外れた位置に立って、コンテナの流れを見ているらしい。なぜそこに立つのかと聞かれると、宮本はこう答えるという。

「なんとなく、ここに立ってると落ち着くので」