渡辺という男が、まあ日課の多い人で、火星のエリダニア地区にある「第七暫定緑地(午前型)」に毎朝通っている。
べつに何をするでもない。ベンチに座って、九時の噴水を見て、十一時半に帰る。もっとも、この公園自体が正午に消えるので、十一時半に帰るのは自主判断というよりも締め切りのようなものだろう。芝生と噴水とベンチが一式、毎朝六時に地面からせり上がり、正午きっかりに収納される。ちなみに「午後型」は予算がつかなかったらしい。
松田はエリダニア地区の公園課で、この暫定緑地の管理を担当している。仕事はおもに月末の利用報告書を書くことで、利用者数の欄には三年間ずっと「1」と書いてきた。上司は数字を見るたびに「廃止候補」の付箋を貼り、松田はそれを毎月はがす。その繰り返しだ。
利用者が渡辺ひとりだということは松田もわかっている。朝の巡回で会釈するだけで、会話らしい会話をしたのはたぶん二回だ。渡辺が「噴水、九時でしたっけ」と聞いたときと、松田が「毎日いらっしゃるんですか」と聞いたとき。どうやら、ふたりともそれで満足しているらしかった。
今年の四月、緑地予算が拡充された。松田は第七暫定緑地を終日型に格上げする申請を出し、すんなり通った。
五月から、公園は消えなくなった。芝生は一日中青い。噴水は夜までまわっている。渡辺が来なくなったのは三日目からだった。
二週間、ベンチは空のままだ。利用報告書の利用者欄は「0」になった。上司が「廃止候補」の付箋を貼った。今度は松田もはがせなかった。
松田はつい渡辺の住所を台帳で調べて訪ねた。
「あの、公園、来なくなりましたよね」
渡辺はちょっと考えてから答えた。「午後もあるんでしょう、いまは」
「はい。終日型になりまして」
「じゃあ、いいです」
「……いい、というのは」
渡辺はもぞもぞと頭をかいた。「午前だけだったから、ちょうどよかったんですよ。正午に片付くでしょう。帰る理由ができるっていうか」
松田はしばらく黙った。
「午後もあると、帰る理由がなくなるんですか」
「ないとだらだらしちゃうので」と渡辺は申し訳なさそうに言った。
松田は役所に戻り、予算申請書の「終日型」に二本線を引いて「午前のみ」と書き直した。上司が「なんで戻すの」と聞いた。「利用実績に基づく判断です」と松田は答えた。
翌月、第七暫定緑地はまた午前だけの公園に戻った。利用報告書の利用者欄には、また「1」と書かれている。