土星の自転速度は、40年間「バラバラ」だった。

ボイジャー1号が1980年に測ったのは「10時間39分24秒」。それ以降の観測では、なぜかその数字がじわじわと変わって見えた。天文学の世界では「惑星が自分のペースで回るのをやめるはずがない」というのは大前提なのに、観測のたびに違う値が出てきてしまう。研究者たちも、最初はこの結果を素直には信じなかったはずだ。

その謎が2026年3月、ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)の観測によってついに解かれた。犯人はオーロラだった。

土星の自転速度の測定値の変遷

そもそも「自転速度をどうやって測るか」が難しかった

地球みたいな岩石惑星なら、地表の特定の山や海岸線をずっと追えば自転速度がわかる。でも土星には固い地面がない。ガスと液体でできた惑星なので、「地面のどこかに目印を置く」という方法が使えない。

そこで天文学者が頼ったのが「電波の周期」だ。土星の強力な磁場は、定期的に電波を宇宙に放射している。この電波パルスの周期を測れば、惑星の内部の回転速度の代わりになる、という考え方だ。

ボイジャーが測った10時間39分という値は、この電波周期から割り出したものだった。しばらくはこれが土星の「真の自転速度」として教科書に載った。

ところがNASAのカッシーニ探査機が2004年に土星に到着して連続観測を始めると、奇妙なことが起きた。電波周期が変化して見え始めたのだ。しかも北半球と南半球でも値が違う。同じ惑星なのに、場所によっても、時期によっても、出てくる数字がそろわない。

「まさか土星の内部が変わっているわけじゃない。でも電波が変わっているなら、何かが電波を乱しているのか?」

この疑問を解くのに、そこから20年以上かかった。

2021年に「犯人の候補」が浮かんだ

最初の突破口は2021年に訪れた。英国ノーサンブリア大学のトム・スタラード教授のチームが、高高度の大気に流れる強い風が電気的な電流を発生させ、それが電波信号を「ゆがめている」可能性を突き止めた。

つまり、自転速度そのものが変わっているのではなく、測定に使っていた電波信号が大気風による電流の影響を受けてブレていた、ということだ。

ただ、そこで新たな問いが生まれた。「その強い大気風は、いったい何が引き起こしているのか?」という問いだ。風が電波をゆがめていることはわかった。だが、なぜその風が存在するのか、どこからエネルギーを受け取っているのかが、まだわからなかった。

カッシーニのデータには限界があった。土星の上層大気で「三水素カチオン(H₃⁺)」と呼ばれる分子が出す赤外線を精密に観測する手段が当時はなく、大気循環の全体像を掴む道具がなかったのだ。

JWSTが「丸一日」土星の北極を見つめた

そこに登場したのがJWSTだ。搭載しているNIRSpec(近赤外線分光器)の積分視野ユニットを使えば、三水素カチオンの赤外線放射を非常に精密に追跡できる。温度の誤差が50℃程度あったカッシーニ時代のデータと比べ、精度が約10倍になった。

スタラード教授のチームは16人の研究者を集め、JWSTで土星の北極オーロラ領域を「丸一日」連続して観測した。目標は、オーロラの温度と密度がどのように変化していくかを、時間軸に沿って細かく捉えること。

その結果、2026年3月の論文(Journal of Geophysical Research: Space Physics 掲載)で明らかになったのは、予想を上回る仕組みだった。

大気循環フィードバックループ

「自己持続型ヒートポンプ」というループ

研究チームが発見したのは、オーロラを中心とした自己持続型のフィードバックループだ。スタラード教授は「実質的に惑星規模のヒートポンプ」と表現している。

仕組みを順番に追うとこうなる。

まず、土星の北極でオーロラが光る。オーロラが当たった大気は局所的に温められる。温度が上がった場所と周囲との間に温度差が生まれると、そこに向かって大気の風が吹く。この高速の大気風が磁場と絡み合って電流を生み出す。その電流が今度はオーロラをふたたびエネルギーで満たす。オーロラはまた大気を温める——というループだ。

一度始まったらエネルギーを補給し続ける自己循環。始まりと終わりがないメビウスの輪のような仕組みが、土星の北極で動き続けていた。

そして、このループが発生させる電流が、電波信号に干渉していたのだ。ループの状態は季節や位置によって変化する。それが電波周期の「変動」として観測されていた。自転速度は最初から変わっていなかった。変わっていたのは、電波信号に混入するノイズの大きさだったのだ。

カッシーニが正確だったのに、なぜ謎が残ったか

少し整理しておきたい。カッシーニは非常に優秀な探査機だった。電波観測の精度自体が問題だったわけじゃない。問題は、電波が「大気循環ループによる電流」の影響を受けていることに、誰も気づけなかったことだ。

思えば当然で、「電波信号が乱される仕組み」を理解するには、オーロラ、大気風、電流、磁場がつながって動いている様子をセットで捉える必要があった。カッシーニの観測機器ではその全体像を一度に見渡す能力が足りなかった。

JWSTが可能にしたのは、赤外線による「温度と密度の時系列マップ」だ。ある瞬間の温度ではなく、1日を通じてオーロラがどう動いているかを、分子レベルで追跡できた。その視野の広さと精度が、謎を解く最後の鍵になった。

JWSTとカッシーニの観測精度の比較

「土星の謎」だけで終わらない可能性

この発見がとりわけ面白いのは、土星一惑星の話で終わらないかもしれない点だ。

研究チームは論文の中で、今回明らかになった「大気が磁気圏を動かし、磁気圏が大気を動かすフィードバック構造」は、外惑星全般に当てはまる可能性があると示唆している。

木星にも強力なオーロラがある。天王星は自転軸が98度傾いており、独特の大気循環を持つ。海王星は内部熱源が強く、風速が太陽系最速クラスだ。これらの惑星の「自転速度」の測定値も、同じような電流の干渉を受けていた可能性がある。

「じゃあ木星の自転速度も見直しが必要?」という話になってくると、太陽系の外惑星全体の理解が書き換わる。まだそこまでは確認されていないが、それが次の課題として研究者の頭にある。

外惑星の自転謎と今後の展開

40年越しの謎に、いまさら感動する理由

この話を読んで、「なんで40年もかかったんだ」と思う人もいるかもしれない。でも、そこに科学の面白さがある。

ボイジャーのチームは嘘をついていなかった。カッシーニのチームも正直に観測した。研究者たちは誰も「自転速度が変わっている」などと言い張ったわけじゃなく、測定値が食い違っているという事実に誠実に向き合い続けた。

ただ、謎を解くには「電波信号を乱す仕組み全体」を一度に可視化できる道具が必要だった。その道具が、JWSTという形で2021年に宇宙に打ち上げられ、2022年から本格観測を始め、2026年にようやく結果が出た。

道具が揃うまで謎は謎のままでいい、という誠実さが、宇宙科学にはある。観測データと向き合いながら、何十年も「わからない」を抱えて研究を続けることができる。それがこの話を面白くしている理由のひとつだと思う。

土星はこれからもそこにある。自転を止めることなく、オーロラを光らせながら、淡々と回り続けている。ただし、その正確な周期は、ようやく人類に伝わった。


参考情報: Tom Stallard et al., “JWST observations of Saturn’s northern aurora reveal a self-sustaining feedback loop”, Journal of Geophysical Research: Space Physics, March 2026. Northumbria University newsroom