海王星の内側に、ヒッポカンプという月がある。差し渡しおよそ34km、都市ひとつがまるごと宙に浮かんでいるような小さな天体だ。
この月は、最初からその姿で生まれたわけではない。すぐ外を回る大きめの月プロテウスから、衝突で砕け落ちたかけらだと考えられている。
つまり、前の月が壊れて、その破片がまた寄り集まってできた「作り直しの月」なのだ。海王星の内側では、月が一度きりの持ち物ではなかったらしい。
同じ海王星の月なのに、内と外で別世界
海王星には、外側にたった一つ、飛び抜けて大きな月がある。トリトンだ。差し渡しは約2700km。月というより、小さめの惑星に近い。
ところが内側に目を移すと、景色が一変する。差し渡し数十kmから数百kmの小さな月が、いくつも窮屈に並んでいるのだ。いちばん大きなプロテウスでも約420km、ヒッポカンプにいたっては約34kmしかない。
数字にすると、トリトンはヒッポカンプの約80倍の幅がある。同じ惑星を回る仲間とは思えない格差だ。
しかも内側の月は、まん丸ではない。ナイアドとタラッサという二つは、細長いタブレット菓子のような形をしている。差し渡しにして約100km、いびつでゴツゴツした岩のかけらだ。
これらの内側の月の多くは、1989年に海王星のそばを通ったボイジャー2号が見つけた。いちばん小さなヒッポカンプは、のちにハッブル宇宙望遠鏡の画像から見つかっている。
土星や木星の月が、きれいに大小そろって行儀よく並ぶのとは、まるで様子が違う。なぜ海王星の内側だけ、こんなにちぐはぐなのか。ここで少し立ち止まってほしい。
「ぶつからないように踊る」ナイアドとタラッサ
内側の月がどれだけ窮屈に暮らしているか。それがよく分かるのが、ナイアドとタラッサの奇妙な回り方だ。
NASA/JPLの報告によると、この二つは互いを避けるように回っている。ナイアドは海王星を約7時間で、タラッサは約7.5時間で一周する。ほとんど隣り合わせの軌道だ。
普通なら、これだけ近いと衝突しかねない。ところがナイアドの軌道はわずかに傾いていて、タラッサを追い抜くたびに上下にすれ違う。研究者はこれを「衝突を避けるダンス」と呼んでいる。
いちばん近づいたときでも、両者の間はおよそ3540km離れている。北海道から沖縄までが約3000kmだから、日本列島をやや上回るくらいの距離を、絶妙に保ち続けているわけだ。
狭い廊下で、向かい合った二人が同じ側に避けてしまう。あの気まずい譲り合いを、45億km彼方で何十億年も続けているようなものだ。
こんな綱渡りの配置は、はじめから狙って作れるものではない。何かがぶつかり合い、削られ、ぎりぎりで落ち着いた末の姿に見える。実際、研究者たちは内側の月の乱れた素性を、ある一つの事件の後始末だと考えている。
トリトンという乱入者が、元の家族を壊した
その事件の主役が、外側の大きな月トリトンだ。
トリトンには、太陽系の大きな月として珍しい特徴がある。海王星の自転とは逆向きに回る「逆行」だ。自前で生まれた月なら、ふつうは惑星と同じ向きに回る。逆回りは、外から来た天体を後から捕まえた強い証拠とされている。
つまりトリトンは、もともと海王星の月ではなかった。海王星の外側をさまよっていた大きな氷の天体が、あるとき重力に捕らえられた。研究者はそう考えている。
問題は、その乱入がもたらした混乱だ。これだけ大きな天体が突然仲間入りすれば、もとからいた月たちの軌道はただでは済まない。
強い重力でかき回された元の月々は、軌道を乱され、互いにぶつかり合って砕けたと考えられている。整っていたはずの衛星系が、一度めちゃくちゃに壊された。ここまでが、いわば「一世代目」の最期だ。
捕獲されたばかりのトリトンも、最初は大きく伸びたいびつな軌道を回っていたとみられる。それが長い時間をかけて、潮汐(天体どうしが互いに及ぼす引っぱりの力)で今の円い軌道に落ち着いた。その過程で内側は、なおさら荒らされたはずだ。
砕けたかけらから「作り直された」月
ここからが本題で、個人的には一番好きな部分だ。壊れたら、それで終わりではなかった。
砕けた破片は、宇宙にばらまかれたまま消えたわけではない。海王星のまわりを回りながら、少しずつ互いの重力で寄り集まり、ふたたび小さな月へと固まっていったと考えられている。破片からの再集積だ。
こうして生まれたのが、今の内側の月たちだ。前の月の残骸を材料に作り直された、いわば二世代目である。淡い環も、同じ破片の細かいものが帯状に広がったものだと見られている。
さらにNASAによれば、この作り直しは一度では終わらなかった。冒頭のヒッポカンプは、二世代目の月プロテウスがその後の衝突で砕けたかけらとされ、いわば三世代目にあたる。
家を建て替えるとき、古い柱や瓦を再利用して次の家を組み直す。海王星の内側では、それに近いことが天体の規模で起きたわけだ。壊した材料で、次を建てる。ただし建て直すたびに、月はひとまわり小さく、数を増やしていったことになる。
ここまでは筋の通ったシナリオではあるものの、直接その現場を見たわけではない。壊れて作り直された、という素性は、月そのものに何か証拠として残っていないのか。
JWSTが見た「氷が少なくて黒っぽい肌」
その素性に、赤外線で光を当てたのがJWST(ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡)だ。
研究チームの報告では、JWSTのカメラで海王星と天王星、それぞれの内側の月や環の反射光を細かく分けて調べた。狙いは、表面にどんな物質があるかを読み取ることだ。
鍵になるのが、波長3μm(マイクロメートル)あたりに現れる水の氷のサイン。氷が多い表面ほど、この波長の光をよく吸い込み、グラフに深いくぼみができる。
比べてみると、海王星の内側の月は、天王星の内側の月よりこのくぼみが浅かった。しかも全体に赤みが強い。研究チームは、海王星の内側の月のほうが水の氷の割合が低いと報告している。
この差、最初は地味に見えて、実はよく効いてくる。氷が少なく黒っぽい肌は、荒っぽい過去を通ってきた表面の特徴と重なるからだ。
天体は、激しくぶつかり、砕け、暗い物質を巻き込みながら固まり直すと、もとの真新しい氷を失って黒ずんでいく。海王星の内側の月がまさに、削られ組み直された歴史を持つのなら、この「氷の少なさ」はそのなごりとして自然に読める。もっとも、色や氷の量だけで来歴を確定できるわけではなく、研究チームも慎重に他の可能性と見比べている。
月は、一度きりの持ち物ではない
もしあなたがヒッポカンプの表面に立てたら、足元の岩は、かつて別の月だったかけらだ。見上げれば海王星が空の大半を覆い、その向こうを、すべての元凶であるトリトンが逆向きに横切っていく。
私たちはつい、月を惑星に最初から付いてきた変わらない相棒だと思ってしまう。地球の月がいつも同じ顔で夜空にいるからだ。
けれど海王星の内側が教えてくれるのは、月は生まれ、壊れ、また作り直されるということだ。整った一つの大きな月と、砕けて組み直された小さな月たちが、同じ惑星の内と外で、まったく違う人生を並べて見せている。
今夜のぼんやりした月を見上げたら、その丸い顔が「たまたま今、壊れずに残っている一世代目」なのだと思い出してほしい。海王星の空には、二度も三度も作り直された月が、今も窮屈に踊っている。