星は数えきれないほどある。空のどこを指しても、その方向のずっと奥には、いつか必ず星が光っているはずだ。だとしたら夜空はすき間なく星で埋めつくされ、昼間より明るく真っ白に輝いていないとおかしい。
でも、実際の夜空は暗い。
この食いちがいの奥には、宇宙そのものの正体がまるごと隠れている。
どの方向を見ても、最後は星に行き当たるはず
木がびっしり生えた森のなかに立って、まっすぐ前を見てほしい。近くの木の幹、その奥の幹、さらに奥の幹——視線をどこまで伸ばしても、最後はどれかの幹にぶつかって、向こう側は見えない。
星がすき間なく無限に広がる宇宙も、理屈のうえではこれと同じになる。どの方向に視線を飛ばしても、十分遠くまで行けば必ずどこかの星の表面に突き当たる。
「でも遠い星は暗いじゃないか」と思うかもしれない。たしかに星は遠いほど暗く見える。ところが遠くへ行くほど、同じ距離の殻のなかに詰まっている星の数も増えていく。暗くなる分と数が増える分が、ちょうど打ち消し合う。
結果として空のあらゆる点が、平均して「星の表面くらいの明るさ」で光るはずになる。つまり夜空は一面、太陽の表面のように白く焼けていないとおかしい。
この矛盾には名前がついている。19世紀の天文学者オルバースにちなんで、オルバースのパラドックスと呼ばれる。星があるのに空が暗い、という素朴な違和感を、理屈にまで煮詰めたものだ。
この問い、子どものころに一度は思いつきそうでいて、突き詰めるととんでもなく深い。
「星が足りない」でも「チリが吸う」でもない
まず思いつく反論をつぶしておこう。「そもそも星の数が足りないんじゃないの?」——これは答えにならない。パラドックスは「無限に星がある」と仮定したうえで、それでも暗いのはなぜか、を問うているからだ。
次に有力そうなのが「途中の宇宙のチリやガスが、遠くの星の光をさえぎっているのでは」という説。
ここで少し立ち止まってほしい。チリが光を受け止め続ければ、チリ自身がどんどん温まる。温まったものは、やがて自分でも光り出す。長い目で見れば、チリは遮光カーテンにはなれない。結局はまわりと同じ明るさで輝きはじめ、かえって空を明るくする側にまわってしまう。これでは暗さの説明にならない。
空間の側をいくらいじっても、この矛盾は解けない。鍵は空間ではなく、時間の側にあった。
宇宙に始まりがあるから、遠い星の光はまだ届いていない
決定打は、宇宙に「始まり」があることだ。
NASA の衛星 WMAP が、宇宙マイクロ波背景放射を精密に測った。その観測によれば、宇宙の年齢はおよそ137.7億年。誤差は0.5%ほどとされ、丸めて138億年だ。宇宙は永遠の昔から存在していたわけではない。有限の過去に、スタートを切っている。
ここに、光の速さが有限だという事実が効いてくる。光は秒速およそ30万kmと途方もなく速いが、無限ではない。どんなに遠くの星の光も、旅に使える時間はせいぜい138億年ぶんしかない。
だから、ある距離より遠い星の光は、まだ一度も地球に到着していない。発射はされていても、138億年かけてもまだ届ききっていないのだ。
言いかえると、私たちが見られる宇宙には「地平線」がある。そこから先の星は、たとえ存在していても、今夜の空には一点の光も寄こしていない。
もしあなたが夜空のある一点に強力な望遠鏡を向け、どこまでも奥をのぞき込んでいったとする。手前の星、奥の星と追っていっても、最後は光がまだ届いていない「壁」に行き当たる。森の奥がまだ育ちきっていない、と言ってもいい。
ちなみに「遠くを見るほど昔の姿が見える」という話も、同じ有限の光速から生まれる。光の速さが有限なことの、いわば別の顔だ。くわしくは夜空は過去の寄せ集めに書いた。ただ、このパラドックスで効くのはそこではない。過去が見えることよりも、ある距離から先は「まだ何も届いていない」という一線があることのほうだ。
膨張が、遠い光を「見えない色」へ逃がす
始まりがあるだけでも夜空はかなり暗くなる。だが宇宙は、もう一撃を加えてくる。膨張だ。
宇宙は今この瞬間も膨らみ続けている。しかも NASA によれば、その膨張は最近になってむしろ加速しているという。遠い超新星が予想より暗く見えることから、1998年にそう結論づけられた。
空間が伸びると、その中を旅している光も道連れで引き伸ばされる。波がびよーんと間延びし、波長が長くなる。これを赤方偏移(せきほうへんい)と呼ぶ。
波長が長くなるというのは、色でいえば青から赤へずれていくことだ。そしてさらに伸びると、赤を通り越して赤外線、電波へと、人間の目がまったく感じない領域へ出てしまう。
遠い天体ほど、光が旅した時間が長く、引き伸ばされる量も大きい。つまり遠くの光ほど、目に見える色の範囲からするりと逃げていく。
届いているはずの光まで、人間の視覚の外へ押し出されてしまう。これで夜空は、いよいよ暗くなる。
実は、夜空は全方向で光っている
個人的に、この話のいちばん好きなところはここからだ。
オルバースの予言——「どの方向を見ても最後は光に当たる」——は、実はちゃんと当たっている。本当に、空のあらゆる方向から光が降ってきている。ただ、その光が目に見えないだけなのだ。
その正体が、宇宙マイクロ波背景放射(CMB)。ビッグバンからおよそ38万年後に宇宙じゅうに放たれた、いちばん古い光だ。生まれたてのころは、全天を焼くようなまばゆい高温の輝きだった。
ところが138億年ぶんの膨張が、この光をとことん引き伸ばした。ESA の Planck 衛星の観測では、CMB は波長およそ1mm、温度わずか約2.7度(絶対温度。約-270℃)のマイクロ波になっている。そしてそれが、空のほぼあらゆる方向から、ほぼ一様に降りそそいでいる。どこを向けても拾えるので、天文学者はこの光を全天の地図にして調べている。
マイクロ波といえば、台所の電子レンジが食品を温めるのに使っているのと同じ波長帯の仲間だ。だから正直、この答えを知ったとき、しばらく夜空の見方が変わった。
もし人間の目がマイクロ波を見られたら、夜空は暗いどころか、全方向がぼんやりと一様に光って見えるはずだ。オルバースが「真っ白に輝く」と予言した空は、色こそ違えど、たしかにそこにある。
ただし、その白い輝きはビッグバンの名残りそのものなので、星の表面ほどまばゆくはない。膨張が、まぶしさを2.7度まで冷ましてくれた。おかげで私たちの夜は、静かに暗い。
夜の暗さは、宇宙の履歴書
こうして見ると、夜空の暗さは「星が少ないから」でも「宇宙が空っぽだから」でもなかった。
暗さそのものが、二つの事実を静かに語っている。宇宙には始まりがあって、遠くの光はまだ届ききっていないこと。そして宇宙は膨張していて、届いた古い光さえ目に見えない色へ逃がしてしまうこと。
もし宇宙が無限に古く、膨張もしていなかったら、夜空は本当に真っ白に焼けていたはずだ。私たちが夜ごと当たり前に見ている「黒い空」は、その宇宙では決して成立しない。
次に夜空を見上げて、星と星のあいだの黒々とした闇が目に入ったら、思い出してほしい。その黒い部分にも、138億年前に放たれた光が今まさに降り注いでいる。目がマイクロ波に追いつかないから、私たちにはただの暗闇に見えているだけだ。