直径500キロメートルの天体が、大気を持っている。
正直なところ、最初にこの話を聞いたとき「何かの間違いでは」と思った。500キロメートルといえば、東京から大阪までの直線距離とだいたい同じだ。月の7分の1、冥王星の5分の1しかない。こんな小さな天体に、ガスをつなぎ止めるだけの重力があるとは思えない。
ところが、海王星の外側を回る天体 2002 XV93 には、本当に薄い大気があった。太陽系の常識が、また一つ書き換えられた。
海王星の向こう側に何があるのか
太陽系の「外縁部」と呼ばれる領域は、海王星の軌道の外側に広がっている。太陽からの距離は約30天文単位(AU)以上。1 AU は太陽と地球の距離だから、30倍以上も遠い。
この領域には「カイパーベルト」と呼ばれる小天体の集団がある。冥王星もその仲間だ。太陽系が生まれた46億年前の材料が、ほとんどそのまま凍りついて残っている。いわば太陽系のタイムカプセルのような場所だ。
2002 XV93 はその中の一つで、2002年に発見された。軌道の分類では「プルティノ」と呼ばれるグループに属する。プルティノとは、海王星と2:3の軌道共鳴(海王星が3周する間に2周する関係)を持つ天体のことだ。冥王星もプルティノの一員で、つまり2002 XV93は冥王星の軌道上のご近所さんということになる。
ただし、サイズはだいぶ違う。冥王星の直径が約2,380キロメートルなのに対し、2002 XV93は推定約500キロメートル。5分の1以下だ。
こんな小さな天体に大気があるなんて、ふつうは想定しない。だからこそ、この発見には大きなインパクトがあった。
星の光で見抜く ── 掩蔽観測のしくみ
2002 XV93 の大気はどうやって見つかったのか。使われた手法が「恒星掩蔽(えんぺい)」と呼ばれる観測法だ。
原理はシンプルで、遠くの恒星の手前を天体が横切る瞬間を狙う。天体が星の光を遮れば、地上から見ると星がふっと暗くなる。その光の変化のパターンを精密に測ることで、天体のサイズや形状、そして大気の有無までわかる。
ここが面白いところなのだが、もし天体に大気がなければ、星の光は「パチン」と一瞬で消える。オンかオフか、0か1だ。ところが大気がある場合、ガスの層が光を屈折させるので、星の明るさはじわっと暗くなっていく。その「じわっと」のカーブを数学的に解析すると、大気の厚さや密度まで推定できる。
冥王星の大気が確認されたのも、この掩蔽観測がきっかけだった。1988年、冥王星が背景の恒星を隠したとき、光の減り方がゆるやかだった。ゆるやかということは、光を曲げる何か──大気──があるということだ。
2002 XV93 でも同じことが起きた。掩蔽の光度曲線を詳しく調べると、天体の縁付近で光がなめらかに減衰していた。大気がなければ出現しないパターンだ。
ただ、冥王星の大気と比べるとはるかに薄い。冥王星の表面気圧が約1パスカル(地球の大気圧の10万分の1)なのに対して、2002 XV93の大気は桁がさらに下がる。もう「大気」と呼んでいいのか迷うレベルだが、科学的にはちゃんと検出できる大気だ。
直径500kmの天体が大気を保てる理由
さて、ここが最大の謎だ。なぜこんな小さな天体が大気を持てるのか。
大気が天体にとどまるには、ガスの分子が脱出速度(天体の重力圏から飛び出すのに必要な速さ)を超えないことが条件になる。天体が小さければ重力は弱く、脱出速度は低くなる。つまり、ガスが宇宙に逃げやすい。
地球の脱出速度は秒速約11.2キロメートル。月は2.4キロメートル。冥王星は約1.2キロメートル。2002 XV93はさらに低く、おそらく秒速数百メートル程度だろう。窒素分子の熱運動の速さは、温度にもよるが秒速数百メートルに達するから、ほとんどギリギリだ。
では、なぜ保てているのか。いくつかの仮説が提唱されている。
仮説1:極低温が味方している
太陽系外縁部は極端に寒い。太陽から遠すぎて、表面温度はマイナス230度前後まで下がる。この温度では、ガス分子の熱運動がとても遅くなる。遅いということは、重力から逃げ出しにくいということだ。地球の近くにこのサイズの天体があったら、太陽の熱で大気はすぐに散逸してしまう。「遠くて寒い」ことが、大気を維持する条件になっているわけだ。
仮説2:氷の昇華による補給
もう一つの可能性は、大気が常に補給され続けているというシナリオだ。カイパーベルト天体の表面には、窒素やメタンの氷がある。太陽光はわずかでも届いているから、この氷がごくゆっくりと昇華(固体から直接気体になること)して、薄い大気を作り続ける。失われる分を常に供給している、いわば「漏れるバケツに水を注ぎ続けている」状態だ。
冥王星の大気がまさにこのメカニズムで維持されている。表面のトリトン氷原(窒素の氷の平原)から窒素ガスが昇華し、大気圏に供給されている。2002 XV93でも同様のことが小規模に起きているのかもしれない。
もっと変わった可能性 ── 氷火山と天体衝突
大気の起源について、もう少し踏み込んだ仮説もある。
氷火山(クライオボルカニズム)
冥王星やトリトン(海王星の衛星)では、氷火山の存在が確認されている。これは溶岩の代わりに水やアンモニア、窒素の氷が噴き出す現象だ。地球の火山とはスケールもメカニズムも違うが、地下から揮発性物質を放出するという意味では似ている。
2002 XV93の内部にもわずかな熱源があるかもしれない。放射性元素の崩壊熱などだ。もしそうなら、氷火山活動でガスが噴き出し、一時的な大気を作る可能性がある。ただし、直径500キロメートルの天体の内部がどれほど温かいのかは、まだよくわかっていない。研究者の間でも意見が割れるところだ。
天体衝突による一時的な大気
こちらはもっとドラマチックな仮説だ。カイパーベルトは小天体がひしめく場所なので、衝突が起こる可能性はゼロではない。天体同士がぶつかれば、表面の氷が一気に気化して、一時的に薄い大気が発生する。
この場合、大気は「恒久的なもの」ではなく「たまたま今ある」ものということになる。たまたま観測したときに衝突から間もない時期だった、という偶然のシナリオだ。やや都合がよすぎる気もするが、完全に否定はできない。
どの仮説が正しいかは、今後の追加観測にかかっている。とくに、異なる時期に複数回の掩蔽観測を行えば、大気が安定しているのか変動しているのかがわかるはずだ。
太陽系外縁部は、思ったより多様だった
この発見の本質は、「小さな天体に大気があった」というだけの話ではない。太陽系外縁部がこれまで想像されていたよりずっと多様で、活発だということを示している点にある。
少し前まで、カイパーベルト天体は「凍った岩と氷の塊」だと思われていた。遠すぎて暗すぎて、望遠鏡で見てもほとんど点にしか見えない。表面にはクレーターがあり、内部は冷え切って活動していない。そんなイメージだ。
ところが2015年、NASAの探査機ニューホライズンズが冥王星に接近して、そのイメージは一変した。冥王星の表面には、窒素の氷河が流れ、山脈がそびえ、大気の中に複数の霞の層があった。「死んだ天体」どころか、驚くほど動的な世界だったのだ。
そして今回、冥王星よりずっと小さな天体でも大気が見つかった。ニューホライズンズが見た「活発な外縁部」は、冥王星クラスの大きな天体だけのものではなかったということだ。
考えてみると、カイパーベルトに存在する直径100キロメートル以上の天体は数万個と推定されている。そのうち、掩蔽観測などで詳しく調べられたのはほんの数十個にすぎない。残りの大多数については、サイズすらよくわかっていない。もしかすると、大気を持つ小天体はほかにもいくつもあるのかもしれない。
研究者たちが次に狙っているのは、同じ手法で他のカイパーベルト天体を系統的に調べることだ。とくに、冥王星と軌道共鳴を持つプルティノ族の天体群は、組成や表面状態が冥王星と似ている可能性がある。2002 XV93 の発見は、その調査の優先順位を押し上げるきっかけになるだろう。
「遠くて暗い場所」に目を向ける意味
太陽系の研究は、どうしても派手なターゲットに注目が集まりがちだ。火星のローバー、木星のエウロパ、土星のエンケラドゥス。どれも「生命がいるかもしれない」という強烈なフックを持っている。
一方、カイパーベルトの小天体は地味だ。生命がいる可能性はほぼない。画像を撮っても点にしか写らない。予算をつけにくいし、ニュースにもなりにくい。
でも、こういう天体こそ、太陽系の歴史を読み解くカギを握っている。外縁部の天体は46億年前の材料がほぼそのまま保存された「化石」だ。彼らの組成や構造を調べることで、太陽系が生まれたときに何が起きていたのかを逆算できる。
そして今回のように、「こんな小さな天体に大気があるなんて」という発見が出てくる。遠くて暗い場所にも、まだまだ驚きが埋まっている。
2002 XV93 という、ほとんどの人が名前すら知らなかった天体。太陽から遠く離れた冷たい暗闇の中で、この小さな世界は薄いガスのヴェールをまとって、ひっそりと太陽の周りを回り続けている。