型番XS-09というのが、この話の主人公である。

太陽系のずいぶん端っこに転がっている、冥王星より小さな岩のかたまり。そこに貼りつくようにして、XS-09は二十八年ほど働いていた。仕事はたった一つ。周囲の気体を調べて、地球へ結果を送ること。選択肢も二つしかない。「大気あり」か、「大気なし」か。

二十八年間、答えは一度の例外もなく「なし」だった。

もっとも、受け取る側がまだ聞いているかどうかは、XS-09にはわからない。確認の返信は十五年前に途絶えている。それでも毎朝きっちり測って、きっちり送った。壊れていたわけではない。ただ、それしかできることがなかったのだろう。

さて、ここで話は地球に移る。

東京郊外のある科学館に、「宇宙のむこうから届く手紙」という展示がある。壁に埋め込まれた古いパネルのボタンを押すと、画面に文字が出る。

〈大気:なし〉

ちなみに、説明プレートにはこうある。「かつて探査データを受信していた端末です。現在は通信終了、記録を再生しています」。つまりレプリカ扱いだ。子どもたちは「なしかあ」と言って、隣のプラネタリウムへ走っていく。

どうやらこの展示は、科学館でいちばん人気がないらしい。

ある五月の火曜日。遠足で来た小学四年生の女の子が、列からはぐれてパネルの前に立った。名前はサキという。サキは行列が嫌いで、ふと空いている展示を探していただけだった。

ボタンを押す。

〈大気:あり〉

サキは首をかしげた。さっき隣の子が押したときは「なし」だったのに。

「ねえ、これ変わってる」

近くにいた職員の吉川が振り返った。

「あー、それね。ときどきバグるの。古いから」

「でも、『あり』って出てるよ」

吉川がパネルを覗き込む。たしかに「大気:あり」と表示されている。記録再生なら、こんな表示は出ないはずだ。

「ちょっと待ってね」

吉川がパネルの下部をのぞくと、説明プレートの裏に小さなランプがあった。透明のカバーに薄くホコリが積もっている。だがホコリの下で、緑色の光がかすかに点いていた。

なんとなく気になって、カバーに貼られた「装飾」の付箋を剥がす。その下に、小さく刻まれた文字があった。

〈受信中 XS-09〉

太陽系の端で、冥王星より小さな岩が、ほんの薄い空気をまとっていた。たぶん何億年も、誰にも気づかれないまま。二十八年目の朝、XS-09がいつもどおり送った答えだけが、今日は違った。科学館の壁の奥で、十五年ぶりにランプの色が変わった。