バイトの面接でいちばん気になったのは、仕事内容がシンプルすぎることだった。

「データを見て、問題なければ『異常なし』って報告フォームに打ち込んで、終わり」

面接官の加納さんは、なんとも言えない笑みで言った。

「問題あったら?」

「そのときはまた連絡します」

つまり、「問題があったときの話はしない」という意味らしい。ひとまず時給がよかったので引き受けた。

仕事は深夜の4時間。火星の中緯度にある何番かの観測地点から、氷の純度データが30秒ごとに届く。82.4%。82.4%。82.4%。ときどき82.5%。たまに82.3%。それだけだ。「異常なし」のフォームに打ち込んで、送信する。深夜の塾の帰りにやれるし、学校のレポートも書ける。悪くないバイトだと思っていた。

3週間、何も起きなかった。

4週間目の水曜日の深夜1時22分、画面の数字が変わった。

82.4%が来るはずのタイミングに、「---」と表示された。次の30秒も「---」。その次も「---」。

とりあえず加納さんにメッセージを送ってみた。既読がついたが、返信がなかった。

仕方なく、報告フォームを開いた。「異常なし」か「異常あり」か選択する欄があった。これ、2択だったのか。3週間ずっと「異常なし」しか押したことがなかったから気づいていなかった。どうやら「異常あり」ボタンはそのためにあったらしい。

僕はそれを押した。

備考欄があったので、「14:24:31以降、LDA-N-047地点より数値の受信が途絶えています。センサー障害の可能性。または観測機材の再起動が必要かもしれません」と打った。我ながらけっこうまともな文章だと思った。

送信ボタンを押すと、画面の右上に「受領しました」と出た。

数分後、加納さんから返信が来た。

「受け取りました。了解です」

以上だった。「ありがとう」もなかったし、「どういう状況?」もなかった。「ご苦労様」もなかった。

でも翌朝、メールが来た。

件名は「バイト契約の解除について」だった。

「今回、報告フォームに異常事項の記載がありましたが、本業務の報告範囲は『異常なし』の確認および送信に限定されます。データの状態に関する詳細な記述は業務範囲外であり、今回の件をもって契約を終了といたします」

時給がよかったのには、理由があったのだ。

火星の氷はいまでも、30秒ごとにどこかに届いているはずだ。僕の代わりにだれかが「82.4%、異常なし」と打ち込んでいるはずだ。「---」が来ても、たぶん何も書かないで終わる。

それで問題ない、と判断されているらしい。

宇宙の研究というのは、よくわからない。


この記事の関連解説: 火星の氷は思っていたより純粋だった