満月の10分の1ほどの、真っ暗で何もない空の一角。ハッブル宇宙望遠鏡はそこにレンズを向けたまま、合計で11日以上シャッターを開けっぱなしにした。写っていたのは、およそ1万個の銀河だった。
なぜ「何もない」空に、それだけの時間をかけたのか。宇宙には、もっと派手で明るい被写体がいくらでもあるはずなのに。
この問いを追いかけていくと、望遠鏡という道具が抱える、ちょっと不思議な縛りにたどり着く。
なぜ「何もない」空を11日も見つめたのか
その一角は、本当に何もなかったわけではない。肉眼はもちろん、ふつうに撮っただけでは何も写らないほど、そこにいる銀河が暗くて遠かった、というだけの話だ。
望遠鏡は、光を集めるバケツのようなものだと思ってほしい。遠くて暗い天体からは、地球に届く光の粒がほんのわずかしかない。短い時間でパッと撮ると、バケツに溜まる光が足りず、何も写らない。ところが、同じ場所を何日もかけて撮りつづけると、少しずつ光が積み重なって、暗い銀河がじわじわと浮かび上がってくる。
暗い部屋でスマホの写真を撮ると、シャッターが長く開いて手ブレしやすくなる、あれと同じ理屈だ。光が足りない相手には、長く待つしかない。
これがハッブル・ウルトラ・ディープフィールドと呼ばれる観測だ。ESAとNASAの記録によると、2003年9月から2004年1月にかけて、露光時間の合計は11.3日。800回に分けて撮った光を重ね合わせ、たった3.1×3.1分角(満月の見かけの直径のおよそ10分の1)の範囲から、1万個近い銀河が姿を現した。
正直、この数字を初めて知ったとき、頭が追いつかなかった。指先で軽く隠せてしまうほどの暗闇に、銀河が1万個。しかもその一つひとつが、何千億もの星の集まりだ。
では、長く見つめればこれだけのものが見えるのなら、いっそ空じゅうを、ぜんぶこの深さで撮ってしまえばいい。そう思わないだろうか。
一度に全部は見られない、という縛り
ところが、それはできない。ここが今日の話のいちばん大事なところだ。
望遠鏡には、同時に手に入らない三つの条件がある。視野の広さ(一度にどれだけの範囲を写せるか)、解像度(どれだけ細かく見分けられるか)、そして露光時間だ。暗くて細かいものを撮ろうとすれば、視野を絞ってぐっと拡大し、長い時間をかけて光を溜めることになる。
スマホのカメラでズームすると、写る範囲が狭くなる。あれと同じで、深く鋭く見ようとするほど、写せる空の面積は小さくなっていく。ハッブルが11日をかけたのも、満月の10分の1という、切手よりずっと小さな一角だけだった。
では、その深さのまま空全体を撮ると、どうなるか。
空全体は、この視野およそ1500万枚分にあたる。仮に1枚ごとに11日をかけたら、単純計算で数十万年。人類が農耕を始めるより前にシャッターを切りはじめても、まだ終わっていない。
つまり、深さを追い求めた望遠鏡は、その代わりに「広く見る」能力をまるごと手放している。空のほんの一点を掘り下げる代わりに、残りの空については何も知らない。
だとすれば、その正反対の望遠鏡がいるはずだ。深さを捨てて、広さを取った目が。
広く浅く、空をなめる望遠鏡
そういう役割を担うのが、サーベイ(広く空を見わたす観測)と呼ばれるタイプの望遠鏡だ。
NASAの記録によれば、系外惑星(太陽以外の星をまわる惑星)を探すTESSは、4台の広視野カメラで空全体を見わたす全天サーベイとして設計されている。狙いは深さではない。とにかく広く、そして何度も繰り返し、空全体をなめるように撮ることだ。
一枚一枚は、暗い銀河まで掘り下げるような深い写真ではない。明るい星の、わずかな変化を拾うための、軽い一撫でだ。星の前を惑星が横切るとほんの少し暗くなる。その一瞬の変化を、空じゅうから見つけ出す。
浅く舐めるだけで何の意味があるのか、と思うかもしれない。だが、ここが肝心なところで。そもそも「どこを詳しく見ればいいか」がわからなければ、深く見る望遠鏡は向ける先を決められない。広い写真は、いわば宇宙の地図であり、目録なのだ。
しかも、広く舐める望遠鏡にはもう一つ強みがある。同じ空を何度も撮り直せることだ。深く見る望遠鏡が一点に何日もかかりきりになっているあいだ、サーベイは空全体を繰り返しパトロールできる。昨日と今日で明るさが変わった星、昨日はなかったのに今日は光っている点。そうした「時間とともに変わるもの」は、狭く深く一点を見つめる目には、そもそも視野の外だ。広く浅い目にしか気づけない宇宙の変化が、たしかにある。
白状すると、私はこの分業を長いあいだ「性能の優劣」だと誤解していた。広く浅い望遠鏡は、深いやつの劣化版なのだろう、と。まるで違った。両者は競争相手ではなく、役割の違うチームメイトだったのだ。
見つける係と、確かめる係
空を調べる仕事は、大きく二つに分かれている。広く見て候補を「見つける係」と、その一点を深く見て正体を「確かめる係」だ。
たとえばケプラー宇宙望遠鏡は、はくちょう座の決まった一角に狙いを定め、約15万個の星をひたすら見つめつづけた。星のまたたきに紛れた、惑星が横切るわずかな影を拾うためだ。NASAによれば、この見張りから2600個を超える系外惑星が見つかっている。まず候補を大量に釣り上げる、典型的な「見つける係」の働きだ。
見つかった候補は、そのままでは「たぶん惑星がある」という段階にすぎない。星の明るさがわずかに揺れる原因は、惑星の通過だけとは限らない。星そのものの脈打ちや、手前の別の天体が紛れ込んでいることもある。広く釣り上げた候補の中には、確かめてみたら惑星ではなかった、という空振りも当然まざる。
そこで登場するのが確かめる係だ。ハッブルは、系外惑星の大気を初めてとらえた望遠鏡でもある。一点にじっくり向き合って、そこに本当に何があるのかを読み解いていく。見つける係が広げた候補の山を、一つずつ深く見て選り分けていく作業だ。
近く運用が始まるナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡は、この二役をまたぐ存在として期待されている。NASAは、マイクロレンズ(手前の星の重力が背後の星の光を曲げる現象)と通過法を組み合わせ、数千個の系外惑星を見つけ出すと見込んでいる。広く見わたす力と、暗いものを捉える感度を、一台に寄せていく試みだ。
面白いのは、どれか一台が「最強」になって全部をこなす、という方向には進んでいないことだ。空が広すぎて、そして暗すぎるから、役割を分けたほうが早い。天文学は、性質の違う二種類の目のリレーで前に進んでいる。
空を調べる、ということ
ここまで来ると、「空を調べる」という言葉の中身が、少し変わって見えてくる。
空は、一度に全部をつかむには広すぎて、そして暗すぎる。どんな望遠鏡も、視野・解像度・露光時間というシーソーのどこかに、必ず腰を下ろすしかない。広さを取れば深さを手放し、深さを取れば広さを手放す。万能の一台は原理からして存在しない。だからこそ、正反対の道具が両方いる。
次に夜空を見上げたとき、星と星のあいだの暗がりを、少しだけ思い出してほしい。あそこは空っぽではない。ハッブルは、指先で隠せるほどの「何もない」暗闇から、11日ぶんの光をかき集めて1万個の銀河を掘り出した。
ただ、その暗がりを広く見わたすことと、深く掘り下げることは、一つの目には同時にできない。満月の10分の1の闇に沈んだ1万個の銀河は、誰かが広く見て「ここが気になる」と指をさし、別の誰かが11日間そこを見つめつづけて、ようやく光の中に浮かび上がってきたのだ。