巨大ブラックホールは、銀河の一番奥、中心に居座っている。ずっとそう考えられてきた。ところが最近報告された観測で、銀河の中心から約2600光年だけ外れた場所に、星を1つ飲み込むまで誰にも気づかれず眠っていた一つが見つかった。
しかもその銀河の中心には、別の巨大ブラックホールがちゃんと座っている。つまり一つの銀河に、二つの巨大ブラックホールがいたわけだ。
白状すると、この仕組みを長いこと誤解していた。巨大ブラックホールは銀河の中心にピン留めされているものだと、なんとなく思い込んでいたのだ。今回の発見は、その思い込みに横から冷や水を浴びせてくる。
中心にいるはずのものが、もう一つ外にいた
大きな銀河のまんなかには、たいてい太陽の数百万倍から数十億倍という桁外れに重いブラックホールが座っている。私たちの天の川銀河も例外ではない。中心には「いて座A*」と呼ばれる、太陽の約400万倍の重さのブラックホールがいて、その姿は2022年に電波望遠鏡の国際チームによって撮影された。
だから「巨大ブラックホール=銀河の中心にひとつ」というのは、天文学ではほとんど公式のようなものだった。
今回の一件は、その公式を二重に外している。研究チームによると、見つかったのは太陽の約100万倍の重さのブラックホールで、銀河の中心から約2600光年ずれた場所にいた。その銀河の中心には、太陽の1億倍以上という桁違いに重いブラックホールが別にある。中心に本命がいるのに、そこから少しだけ外れた場所に、ずっと軽い二つ目が隠れていたことになる。
しかもこの二つ目は、まわりのガスをほとんど飲み込んでいない、いわば休眠状態だったという。
光をほとんど出さない。ならば、なぜ見つかったのか。ここに一つ目の謎がある。
星を1つ食べて、正体を現した
休眠中のブラックホールは、基本的に真っ暗だ。何かを飲み込んで輝いているわけではないので、遠くの銀河の中にぽつんといても、まず見つからない。
正体を暴いたのは、通りかかった1個の星だった。
ブラックホールのそばを星が通ると、手前側と奥側で引っぱられる力に大きな差が生まれる。この差が潮汐力(月が地球の海を引っぱって満ち引きを起こすのと同じ力)だ。近づきすぎた星には、この力が桁違いの強さでかかる。星は麺のように引き伸ばされ、ついにはちぎれてしまう。
ちぎれたガスはブラックホールのまわりに巻きつき、猛烈な熱を持って明るく光る。これが潮汐破壊現象(星がブラックホールに引き裂かれて起こる閃光)だ。ふだんは暗いブラックホールが、星を1つ食べた瞬間だけ、遠い銀河から届く光を放つ。
この閃光は一気に明るくなり、そのあと数か月から数年かけてゆっくり暗くなっていく。時間とともに光り方が変わるので、ただの星の爆発ではなく、星が丸ごと引き裂かれた出来事だと見分けがつく。
もしあなたがその星の上に立っていたら、空の一点がぐんぐん膨らみ、足元の地面が縦に引き伸ばされていく光景を、ほんの短い間だけ目にすることになる。想像するとぞっとする最期だ。
この閃光は「AT2024tvd」と名づけられた。空全体をくり返し撮る光学掃天観測でとらえられた、中心から外れた場所で起きた潮汐破壊現象としては最初の例だという。研究チームは、この閃光の位置が銀河の中心とはっきりずれていることを、ハッブル宇宙望遠鏡・チャンドラX線望遠鏡・VLA(電波望遠鏡群)で確かめ、そこに隠れたブラックホールがいると突き止めた。
なぜ、中心を外れているのか
では、そもそもなぜ中心のすぐ外にいるのか。少し考えてみてほしい。重いものは銀河の中心に落ち着きそうなものなのに、だ。
研究者が有力視している筋書きは、大きく二つある。
一つは、銀河どうしの合体だ。銀河は長い時間をかけて互いに衝突し、飲み込み合って大きくなる。小さいほうの銀河が飲み込まれると、その中心にいたブラックホールも一緒に運び込まれる。ただ、銀河の中心にたどり着いて本命のブラックホールと一つになるには、気の遠くなる時間がかかる。まだ道半ばで、中心の手前をさまよっている段階なのではないか、と考えられている。
もう一つは、もっと荒っぽい。二つのブラックホールが合体するとき、重力波(時空のさざ波)が一方向に偏って放たれると、その反動で合体後のブラックホールが弾き飛ばされることがある。大砲を撃った反動で砲身が後ろに動くのと同じ理屈だ。研究者はこれを「キック」と呼ぶ。蹴り出された勢いが強ければ、中心から外れた場所まで飛んでいく。
今回のブラックホールがどちらの経緯をたどったのかは、まだはっきりしない。合体で運び込まれた説とキックで弾かれた説の、どちらとも決めきれないのが正直なところらしい。ただどちらであっても、「銀河の中心は必ずひとつの巨大ブラックホールで代表される」という前提が、思ったほど固くないことを突きつけてくる。
2600光年は、どのくらい「外れ」なのか
2600光年、と言われてもピンとこない。ここで少し立ち止まってほしい。この距離、実は私たちにとって、とても身近な数字と重なる。
私たちの太陽は、天の川銀河の中心から約2万6000光年離れた場所にある。銀河の中心街ではなく、だいぶ郊外に暮らしているわけだ。今回のブラックホールのずれ、約2600光年は、ちょうどその10分の1にあたる。
この数字、最初は誤植かと思った。中心を外れているというと辺境をイメージしていたが、実際は逆だったのだ。太陽よりずっと中心寄り、銀河の心臓部と言っていい場所にいる。それでいて、ど真ん中ではない。
念のため言っておくと、2600光年は人の感覚ではとてつもない遠さだ。光の速さでも渡りきるのに2600年かかる。それでも差し渡し10万光年という銀河の大きさの前では、中心のすぐ隣、ほとんど鼻先と言っていい。
天の川で同じことが起きていたら、と置き換えてみる。銀河の中心近く、私たちより10倍も内側に、太陽の100万倍のブラックホールがもう1つ潜んでいることになる。中心の本命にあと一歩まで迫りながら、まだそこへ落ち着けずにいる二つ目、というわけだ。
見えない仲間が、まだ大勢いるかもしれない
面白いのはここからだ。今回の一件は、単に「変わり者のブラックホールが1つ見つかった」という話では終わらない。
考えてみれば、休眠中で光を出さないブラックホールが中心から外れた場所にいても、ふだんはまったく見えない。今回それが見つかったのは、たまたま星が1個近づいて引き裂かれ、閃光を上げてくれたからだ。言いかえれば、星を食べる幸運(星にとっては不運だが)がなければ、永遠に気づかれなかった。
ということは、同じように中心を外れて静かに眠っているブラックホールが、ほかの銀河にもまだ大勢隠れているのではないか。観測チームは、こうした「はぐれ者」が実は珍しくない可能性があるとみている。銀河がこれまで何度も合体をくり返してきたのなら、中心にたどり着けていないブラックホールがあちこちに残っていても不思議はない。
潮汐破壊現象は、その見えない仲間をあぶり出す数少ない手がかりになる。近ごろは空全体をくり返し撮影して、突然明るくなった一点を自動で拾い上げる観測が進んでいる。そうした閃光を根気よく監視すれば、光を出さないブラックホールでも位置と重さをたぐり寄せられる。隠れたブラックホールの人口調査ができるかもしれない、というわけだ。
中心のすぐ手前で、星を待っている
銀河の中心という「特等席」は、巨大ブラックホールがひとつで独り占めするとは限らない。中心のすぐ手前に、二つ目が身をひそめていることもある。
遠い銀河の心臓部の少し外で、光も出さず、まわりを飲み込むでもなく、ただ静かに漂っているブラックホールがある。私たちがその存在に気づけるのは、運悪く1個の星がそばを通り、引き裂かれて短い閃光を上げたときだけだ。
次に夜空のどこかで正体不明の光がともったとき、それは中心にあと一歩届かない場所で、長い眠りから覚めたブラックホールが、通りすがりの星を1つ、口にした合図なのかもしれない。