銀河の写真を思い浮かべてほしい。渦を巻く光の円盤、吸い込まれそうな数の星。あれで銀河の全部が写っている気がする。ところが、本体の大部分はあの写真の外にある。星の集まりを、その何倍も広い「見えない希薄なガスの海」がすっぽり包んでいるのだ。
その海を測りに行くのが、ASPERA(アスペラ)という小さな衛星である。大人ひとりぶんほどの軽い機体で、大望遠鏡には撮れなかった銀河の「隠れた本体」に手を伸ばそうとしている。
銀河の「本体」は写真の外にある
私たちが銀河だと思って眺めているのは、星がぎっしり集まった円盤の部分だ。けれど星の外側には、目にはほとんど映らないガスが広がっている。これを銀河周縁物質(circumgalactic medium)と呼ぶ。銀河のまわりに薄く漂う物質、という意味だ。
やっかいなのは、その広さである。星の円盤のさらに外へ、銀河本体の何倍もの範囲までガスがにじみ出している。しかも中身の多くは薄く広がったガスで、可視光ではほとんど光らない。写真に写る星の渦は、いわば氷山の一角だったわけだ。
ここで少し立ち止まってほしい。私たちは長いあいだ、銀河の「一番目立つところ」だけを見て、銀河を理解した気になっていた。目立つ星の光がまぶしすぎて、その外に広がる淡いガスの存在を、うまく捉えられずにきた。では、その見えないガスは、どうやって探せばいいのだろう。
見えないガスを、どうやって「見る」のか
銀河を包む高温のガスは、可視光ではなく紫外線で自分の居場所を教えてくれる。ASPERAはこの紫外線をたよりに、これまで正体のつかめなかったガスを見に行く。
紫外線というと、日焼けの原因として身近だろう。あれは可視光より波長が短い光で、目には見えない。銀河のガスが出す紫外線も、当然ながら肉眼では捉えられない。
しかも、この種の紫外線にはもうひとつやっかいな性質がある。地球の大気にほぼ吸収されて、地上まで届かないのだ。だから、どんなに大きな望遠鏡を山の上に建てても、このガスの輝きは捉えられない。宇宙まで出ていくしかない。日焼け止めのおかげ、というより、大気そのものが強い紫外線をあらかた遮ってくれているわけだ。
驚いたのは、この銀河周縁のガスが、これまで一度もはっきり観測できていないという事実だった。開発チームは、ASPERAがそれを初めて捉える衛星になりうると考えている。ミッション名のアスペラは、ラテン語で「困難」を意味する。誰も越えられなかった壁に、あえてその名をつけたわけだ。
大望遠鏡ではなく、あえて小さな衛星で
ここで面白いのは、この難題に挑むのが巨大な宇宙望遠鏡ではない、という点だ。ASPERAは小型衛星(SmallSat)、つまりぐっと小ぶりの機体である。重さはおよそ120ポンド、キロに直せば60キロに満たない。大人ひとりの体重ほどの探査機が、銀河の隠れた本体を測りにいく。
なぜ小さくていいのか。銀河周縁のガスの光は「広く、薄く、淡い」からだ。大型望遠鏡は、狭い範囲を深く見つめて遠くの銀河を鋭く写すのが得意である。だが、空一面にぼんやり広がる淡い光をまるごとすくい取る作業は、むしろ苦手にしている。ASPERAは逆の設計で、視野を広くとって、淡い輝きを面でとらえることに割り切った。
背景にあるのは、NASAの「パイオニアズ(Pioneers)」計画だ。低コストで小さな天体物理ミッションに資金を出し、大型計画では手が回らないテーマに機動的に挑む枠組みである。ASPERAはその一つとして選ばれ、アリゾナ大学スチュワード天文台のチームが率いる。率いるのはNASAの歴史でも最も若い部類の主任研究者だという。
機体づくりも身軽だ。衛星本体はトロントの専門機関(Space Flight Laboratory)が手がけた。大型望遠鏡が「なんでも撮れる万能選手」を目指して時間もお金もかけるのに対し、ASPERAは目的をひとつに絞りきっている。近くの銀河を包むガスの、紫外線の淡い光をマッピングする。それ一本だ。狙うのは、比較的近くにある銀河から届く、かすかな光の指紋のような信号である。遠い宇宙の果てではなく、まず手の届く範囲の銀河で「見えない海」の地図を描いてみよう、という発想だ。
小さいからこそ、ひとつの問いに全部を賭けられる。妙な話だが、この割り切りが、これまで誰も撮れなかった絵を撮る近道になるかもしれない。打ち上げはロケットラボ社のエレクトロンロケットで、2026年に予定されている。
銀河は、ガスを飲んで吐いて成長している
では、そこまでして見えないガスを測ると、いったい何がわかるのか。鍵は「銀河がなぜ星を作り続けられるのか」という、古くて大きな謎にある。
星は、ガスが集まって生まれる。ふつうに考えれば、銀河は手持ちのガスを使い切ったら、それで星作りは打ち止めのはずだ。ところが多くの銀河は、何十億年ものあいだ星を作り続けてきた。まるで、どこかから燃料が補給され続けているかのように。
その補給元と考えられているのが、周りに広がる銀河周縁のガスだ。銀河は外側のガスの海から物質を引き込み(流入)、それを星や惑星の材料にする。冷たいガスは重力に引かれて円盤へ静かに沈み込み、やがて集まって新しい星に火を灯す。想像するなら、井戸から水を汲み上げて畑にまくような流れだろうか。
一方で、生まれた星や、星の最期の爆発は、周りのガスを勢いよく銀河の外へ吹き飛ばす(流出)。噴き出したガスの一部は遠くまで飛んだあと、冷えてまた戻ってくる。飲んでは吐き、吐いてはまた飲む。銀河は閉じた箱ではなく、外と物をやり取りしながら生きている、というイメージだ。この流入と流出こそ、研究者たちがこのガスに強く関心を寄せる理由である。
研究者たちは長年、コンピューターの中で銀河の成長をシミュレーションしてきた。ガスがどう流れ込み、どう吹き出すかを計算で再現するのだが、肝心の本物のガスの分布を直接確かめる手立てが乏しかった。ASPERAが描く地図は、その計算が現実と合っているかを照らし合わせる「答え合わせ」になりうる、と開発チームは期待している。
それがわかると、うれしいことがある。銀河がこの先も星を作り続けられるのか、それとも燃料切れに向かっているのか。その見通しが、外側のガスの溜まり具合から立てられるかもしれないからだ。いずれ同じ問いは、私たちが暮らす天の川銀河そのものにも向けられることになる。
その海は、私たちの体ともつながっている
もしあなたが天の川銀河の外にカメラを置いて、超高感度の紫外線で撮ったとしたら。写るのは星の円盤だけではない。それよりずっと大きな、ぼんやり光るガスのまゆに、私たちの銀河が包まれている姿が見えるはずだ。円盤はその中心で光る、小さな芯にすぎない。
そのガスがめぐって作った星の中で、私たちの体を作る原子もまた鍛えられた。今この瞬間に吸っている空気の酸素も、もとをたどれば星が作った原子である。銀河を包む見えない海と、あなたの肺の中の空気は、材料の出どころでつながっている。
星の集まりに見えていた銀河は、本当はもっと大きく、もっと動いている。ガスを飲み、星を灯し、また吐き出す。その巨大な呼吸を、大人ひとりぶんの重さの衛星が、困難という名を掲げて初めて測りにいこうとしている。次にきれいな銀河の写真を見たときは、その渦のずっと外側に広がる、写らないガスの海のことも思い出してほしい。