マルさんというのが、月の「おへそ広場」の中心係だった。

毎朝いちばんに出てきて、広場のまん真ん中に、白い線でていねいに丸を描く。町の人はそれを「へそ」と呼んだ。ちなみにマルさんの体も、まるくて白い。そこだけは、似た者どうしだった。

マルさんには、たったひとつの楽しみがあった。年に一度のまんなか祭りで、町長に「今年もぴったり真ん中」と読み上げてもらうこと。そのために、毎日きっちり測る。それが誇りだったのだろう。

もっとも、この広場には、ちょっと困ったことがあった。

朝いちばんに引いたはずの白い丸が、次の朝には、いつのまにか少しだけ横へずれている。ほんの、指一本ぶん。マルさんは文句も言わず、几帳面に引き戻す。町の人はたいてい、こう言った。「夜の風だろ」「観光客が蹴るのさ」。線がずれる理由を、だれも本気では考えなかった。

広場のまん中には、古い銅像が立っている。町を作った人の像だ。観光客はその前で、「月のまん真ん中に立ちました」と写真を撮る。お土産は「まんなかまんじゅう」。なんだか、みんな真ん中の好きな町だった。

ただ、その銅像の、少し横。

そこには、だれも近づかない一角があった。鳩が一羽もとまらない。噴水の水も、なぜかそっちへ傾く。子どもが小銭を落とすと、そこだけ「すとん」と落ちて、二度と戻らない。「あそこ、こわい」と子どもは言う。大人はやっぱり、笑って通り過ぎるのだった。

祭りの前の日だった。

飾りつけの人が、風船をひと束、手からすべらせた。赤い風船は、ふわりと広場を横切って——あの一角へ、吸い寄せられた。そして、ぐしゃっと音を立てて、消えた。糸だけが、すとんと落ちた。

マルさんは、ころころと近づいた。線を張って、測った。何度も測った。帳面をめくって、何十年ぶんのずれを、ぜんぶ足してみた。

答えは、動かなかった。

町のほんとうの真ん中は、そこだった。銅像から、数歩、横。目には見えないけれど、重たい何かが、ずっとそこにいるらしい。この町は、そのすぐそばに作られていた。だから町ぜんぶが、そうっとそっちへ傾いている。昔の人は、見えないそれの「近く」に銅像を建てて、真ん中ということにしただけだったのだ。マルさんが毎朝引き戻していた線は、ずれていたのではない。ほんとうの真ん中へ、引かれていただけだった。

マルさんは、帳面を持って、町長のところへ行った。

町長は、ちょっと困った顔をした。それから、こう言った。「祭りは……明日なんだよ。花も、リボンも、もう銅像の前に手配してあるしさ。写真だって、みんなあの像の前で撮るだろ。……今さら、真ん中は動かせないよ」

次の日、祭りは予定どおり、銅像の前で開かれた。町長が胸をそらして読み上げる。「今年も、ぴったり真ん中!」みんなが銅像に花を投げ、手をたたいた。

マルさんは、反対しなかった。

祭りの音がひびくなか、几帳面に、ほんとうの真ん中へ縄を張った。「あぶない、近づくな」の札を立てた。そうして、だれも見ていないその横に、ひとりで、ぽつんと立った。

花は、空っぽの銅像に。縄と札と小さなマルさんは、ほんとうの真ん中に。

翌朝。引き直したばかりの白い丸は、もう少しだけ、横へずれていた。だれも直しに来ない、ほんとうの真ん中のほうへ。