トモというのは、湊でいちばん古い迎え船だ。迎え船といっても、人ひとりぶんも乗れない小さなやつで、夕方になると、ひとりでに桟橋をはなれていく。沖で待って、帰ってくる大きな船に横づけし、湊まで先導する。それだけの仕事を、もう五十年もやっている。

トモには昔からへんな癖があった。空の「灯台さん」を目じるしに船を導くとき、光そのものではなく、光のほんの少し先、なんにもない暗がりのほうを指すのだ。

灯台さんというのは、この湊の守り神みたいな光である。空をゆっくり――いや、ほんとうはものすごい速さで渡っていく光で、うしろに長い尾を引いている。夜ごと同じところにいるように見えるから、みんな「灯台さんがいるかぎり、湊は迷わない」と言う。もっとも、なぜあれが尾を引いているのかを、まじめに考える者はいなかったらしい。

「ねえトモ、なんでいつも横っちょ指すの」

桟橋で足をぶらぶらさせながら、ノエが聞いた。湊守の子で、まだ十かそこらだ。トモに乗るのが好きで、仕事のじゃまばかりしている。

トモはぶうん、と低く鳴った。返事のかわりらしい。ノエにはなんとなく、「決まりだから」と聞こえた。

その決まりを、湊の若い衆はばかにしていた。灯台さんを指すなら、灯台さんにぴたっと合わせりゃいい。トモのは、ただの狂いだ。ちょうどこの春、町は桟橋に新しい迎え灯を据えたところだった。「定めの灯」という。光のいちばん明るい頭に、針のようにぴたりと照準を合わせる。狂いなし。だれもが感心した。ちなみに定めの灯には、寄付した者の名まで彫った、立派な銘板までついていた。

トモの塗りは、もうあちこち剥げている。若い衆は、次の渡り船の晩をもって、トモを外すと決めた。

夏の初め、その渡り船が来る晩に、お披露目の式があった。町の検め役が定めの灯に判を押し、「これで、もう迷いはなくなる」と胸を張った。トモは桟橋のすみで、明日には陸へ揚げられる身のまま、ぶうんと鳴いていた。

ノエだけが、トモの横にしゃがんでいた。

「ねえ、ほんとに横っちょでいいの。今夜は大きいのが来るんだよ」

トモはぶうん、と鳴いて、暗がりのほうを、いつもより長く指した。

そのとき、ノエはふと気づいた。灯台さんの明るい頭――みんなが拝んでいるあの光は、ずうっと昔に、あそこを通ったときの光だ。ほんものの灯台さんは、もう尾の先、なんにもない暗がりまで行ってしまっているのではないか。だから船を、灯台さんのいる今の方へ入れるには、光ではなく、その一つ先を指さなきゃいけない。トモの狂いは、狂いじゃなかった。昔の湊守が、それを知っていて、トモに教えたのだ。

桟橋では、定めの灯が、ぴたりと明るい頭をとらえていた。やってきた渡り船は、その正確な光をたよりに、まっすぐ――湊のわきの、暗い沖のほうへすべっていく。汽笛が、だんだん遠くなる。式の人たちは、明るい灯を見上げて拍手していた。だれも、船が逸れたことに気づかない。

ノエは、外されかけたトモのランプを、両手でつかんだ。そうして、灯台さんのひとつ先、なんにもない暗がりへ向けて、力いっぱいそれを振った。

暗がりから、汽笛が返ってきた。遠ざかっていた音が、ゆっくりこちらへ向きを変える。やがて渡り船が、だれもいないはずの闇の中から、ぬうっと湊へ入ってきた。桟橋では、式の人たちが、まだ明るいほうへ拍手を送っていた。