カイは、姉を、明るいほうへ連れて帰るつもりだった。
姉のミヤは、もう何十年も、燃えつきた火のそばを、ぐるぐる回りつづけている。オヤビ、と町のみんなが呼んでいた火だ。むかしは、その火のまわりを、たくさんの家がぐるりと囲んで回っていた。家といっても、小さな岩に小屋をくくりつけただけのものだ。オヤビが照らし、オヤビが温める。それを囲んで回るのが、この土地の暮らしだった。
ところが、あるとき、オヤビが消えた。ふっと、ではない。中へ中へと縮んで、光も熱も、外へ出てこなくなったのだ。ちなみにオヤビは、光っていたころも、そんなにまぶしい火ではなかったらしい。
火が消えても、火の重さは残った。だから家々は、消えた火のまわりを、あいかわらず回りつづけた。回るのをやめる方法が、そもそもないのだった。もっとも、やめたい者などいなかったのかもしれない。
でも、消えた火を回っていても、寒いばかりだ。みんなは、そう言った。そこである晩、「散り」が起きた。家々がいっせいに綱を切って、外へ、外へと飛び出したのだ。遠くに、まだ燃えている大きな火がある。ニイビ、という。あれをめざせ。あそこは明るいぞ。あったかいぞ。
カイも、その晩に飛び出したひとりだった。まだ若かった。うまく流れに乗って、何年もかかって、ニイビの輪にたどりついた。もっとも、ニイビまで無事に着いた者がどれだけいたのかは、だれも数えていない。暗いほうへ散っていった家のことは、みんな、あまり話さない。
カイは、ニイビでそれなりに出世した。出世しすぎて、いまでは、姉に毛布を持っていくくらいしか思いつかないのだった。
姉のミヤは、散りの晩に、綱を切らなかった。ひとりだけ、消えたオヤビのそばに残って、ずっと回っている。かわいそうに、とニイビのみんなは言う。暗くて、寒くて、ひとりぼっちで。
だからカイは、迎えに来た。分厚い上着を着て、いちばん暖かい毛布をかかえて。
「姉さん。もう、いいだろう。ニイビへおいでよ」 「あら。カイじゃないの」
ミヤは、ちっともおどろかない。「ちょうどお茶を入れたとこ。あんた、寒そうな顔してるねえ」
「寒いよ。こんな、火も消えたところ……」
言いかけて、カイは口をつぐんだ。
――あたたかい。
小屋の中が、じんわり、あたたかいのだ。消えたはずの火のそばなのに。カイは、着てきた上着の前を、つい、ゆるめた。
「な、なんで、あったかいんだ。オヤビは消えたんだろう」 「消えたよ。とっくにね」ミヤは湯のみをすする。「でもさ、この輪、ちいさいだろ」
ちいさい。たしかに、ちいさかった。オヤビは縮んでしまったから、そのまわりの輪も、ぎゅっとちいさい。だから家と家が、すぐ近くを、はやく回る。
「見てな。すぐ来るから」
ミヤが窓のほうへあごをしゃくった。すると外の暗がりから、すうっと、別の小屋の窓が近づいてきた。となりの家だ。ミヤの窓と、となりの窓が、手のとどきそうな近さで、すれちがう。
「ヨウさん、お茶いる?」 「もらうよう」
ミヤが湯のみを差し出す。となりの窓から手がのびて、受けとった。ふたつの窓は、また、すうっと離れていく。じきに、ぐるりと回って、また近づいてくるのだろう。
カイは、ぼんやり、それを見ていた。
ニイビは、大きい。火が大きいぶん、輪も、とほうもなく大きい。家と家は、何日もかけて、やっと一度すれちがう。ニイビは明るくて、あったかい。それなのにカイは、となりの家の顔を、一度も見たことがなかった。
あたためていたのは、火ではなかった。ちいさい輪が、みんなを近くでぐるぐる回す。近いから、あたたかい。ただ、それだけのことだったのだ。
「毛布、いらなかったね」とミヤが笑った。
カイは、分厚い上着を脱いだ。そうして生まれてはじめて、すぐ横を通りすぎていく、となりの窓へ、手をふった。