夜明け前のいちばん暗いころ、遠い星からの便りは、一年にたった一行だけ濃くなって届く。トワはもう五十年もこの一行を写してきたが、一通をおわりまで読めたことは、まだ一度もない。いちどでいいから最後まで——それが、この人の五十年ごしの願いだった。
一通ぶんは、だいたい七十行ある。つまり便りは、届き終わるのに人ひとりの一生ぶんかかるのだ。だからこの町の便り整えは、だれも自分の代で一通を見終わらない。まん中の何行かを写して、続きは次の代へまわす。トワが写してきたのも、はじめもおわりも知らない切れ端ばかりだった。「……だから、どうか」とか、「三ばんめの、」とか。もっとも、意味などわからなくても写すことはできる。写し損じると次の代が困るから、トワは一行をかならず二度たしかめる。
「これ、なんて書いてあるの」 孫のナギが、棚を見上げて聞く。まだ見習いで、筆より墨をこぼすほうが得意な子だ。 「さあねえ。あたしも、まん中しか知らないもの」 「じいちゃんは。ひいじいちゃんは」 「みんな、まん中だよ。はじめを見た人はもう墓の下。おわりを読む人は、まだ生まれてもいない」 ナギは、なんだか納得のいかない顔をした。
ところが、その夜明けだった。 届いた一行を写そうとして、ふと、トワの筆が止まった。行の下に、余白がある。次の行が、ない。——おわりだ。四代前に届きはじめた一通の、いちばん最後の行が、よりによってトワの代でちょうど届いたのだった。
トワは古い帳面を棚から引き出し、はじめまでさかのぼった。どうやらこの便りは、遠い星がありがたく授けてくれたものではないらしい。ずっと昔、この町のほうから送り出した問いへの、返事だったのだ。問いも便りとおなじで、届くのに一生かかる。送ったのはトワの曾祖母の代。返事が戻るのに、さらに百年。行きも帰りも一生ずつでは、問うた人と読む人が、おなじ顔でいられるわけがない。
「なんて、書いてあったの」ナギがつま先で背をのばす。 トワは、一生ぶんかけて受け取った一通を、はじめて最後まで読んだ。たった一語だった。 「……『はい』」 「はい?」ナギがきょとんとする。「はいって、なんの、はい」 トワは、向かいの問い棚の、いちばん古い一行を指さした。町が百年前に送り出した問いだ。墨はとうに薄れて、もうなにを問うたのか、だれにも読めない。
トワは筆をナギにわたした。 「ほら、けさのぶん。写しな」 けさも、遠い星から新しい便りが一行、濃く届いている。またどこかの代の問いへの、返事のはじまりなのだろう。ナギは舌を横に出して、その一行目を、まっさらな帳面に写した。これを最後まで読むのは、ナギの顔も知らないだれかだ。 棚のいちばん上では、百年かけてやっと閉じた一通が、『はい』の一語だけを表にして立てかけてある。だれの問いへの返事だったのか、もう、この町のだれも知らない。