床几(しょうぎ)を、もう少し家に近づけたい。キヨ婆さんのそのささやかな願いは、五十年、ゼン爺さんに却下されつづけていた。

丘のはしに、低い床几がふたつ並んでいる。日が暮れると、ゼンはお茶を盆にのせ、キヨを連れてそこまで歩く。腰を下ろして空をながめるのが、五十年、ふたりの決まりだった。

空には、あかりがふたつ浮いている。うんと遠くの、大きな大あかり。すぐそこの、小さな子あかり。ふしぎと、このふたつは、ちょうど同じ大きさに見えた。立つ場所さえ合えば、子あかりが大あかりの中に、すとんとはまる。茶碗に小銭を落としたみたいに、ひとつの輪になるのだ。

もっとも、それをわざわざ見に行く物好きは、この町でゼンとキヨのふたりきりだった。町の衆は十年に一度の「重なりの晩」しか見上げない。ところがゼンの丘のはしからは、どういうわけか、毎ばん重なって見えるのだった。

「ねえ、あんた。床几、もうちょっと家に寄せようよ」その晩もキヨは言った。「この歩き、年々長くなってる気がしてさ。膝にこたえるんだよ」

膝のせいだと、キヨは思っていた。たぶん、そう思うのが、いちばん楽だったのだろう。

「だめだ」ゼンはぼそっと言う。「ここじゃなきゃ、だめなんだ」

「なんでさ」

「ここじゃなきゃ、だめなんだよ」

それきり、五十年、同じ問答だった。キヨは、この頑固じいさんが、ただ座り慣れた場所に意地を張っているだけだと、なんとなく思っていた。

その冬、ゼンの足が、とうとう立たなくなった。

キヨはひとり、丘のはしへ出た。歩きながら、つい、うらめしくなる。こんな遠くまで、なんだって毎ばん来なけりゃいけないのだろう。しかたなく、床几をずるずると家のほうへ引きずる。二十歩ばかり、近づけた。

腰を下ろし、空を見上げて——キヨは、息をのんだ。

重なっていない。子あかりが、大あかりの横にずれている。あいだに、まぶしいすきまが開いていた。五十年、いっぺんも見たことのない眺めだった。

こわくなって、床几を丘のはしへ引き戻す。一歩、また一歩。すると子あかりが、すうっと大あかりの縁へ寄っていく。いちばんはしまで来たとき、すとんと、中にはまった。

——場所だったのだ。

離れてなんか、いなかった。ゼンの座るあのはしっこ。あそこでだけ、ふたつは重なる。ほかのどこから見ても、ずれているのだ。

キヨは足もとを見た。草が、細く禿げていた。家のあたりから、いま立っているはしまで、ゆるい弧を描いて、ひとすじ。

膝のせいでは、なかったらしい。歩きは、ほんとうに年々のびていたのだ。子あかりは毎年、髪の毛一本ぶんずつ遠くへずれていく。そのぶん、重なって見える場所も、丘のはしへ逃げていく。ゼンはそれを、足で追っていた。毎年ほんの少しずつ、床几を外へ運んで。五十年かけて、二十歩。キヨに、ふたつが離れる眺めを、いっぺんも見せないために。

頑固なんかじゃ、なかった。この人は五十年、あかりを足で押さえていたのだ。

あくる日、キヨはゼンに、なにも言わなかった。ただ日が暮れると、床几を丘のはしへ運び、ゼンが五十年すわってきたはしっこより、さらに一歩、崖の側へ据えた。一年たって、子あかりはまた髪一本ぶん逃げていたから。

そのばん、キヨの引いた新しい場所で、ふたつのあかりは、ちゃんとひとつの輪になった。

春には、ゼンの足もまた少し動いた。よろよろと手を引かれ、丘のはしへ出る。ゼンは、床几が動いているのに気づいたようだった。自分の据えた場所より、一歩、崖に近い。それでも、なにも言わずに、キヨの引いた床几に腰を下ろした。今度は、キヨが床几を家へ寄せてやらない番だった。

あと何歩ぶんの丘が残っているか、ふたりとも数えない。ただ、草の禿げた筋が、その晩も、崖のほうへ、ほんの一歩、のびていた。