うちには、六十年ずっと窓辺にいる猫がいる。名をゴマという。

猫といっても、この星の猫だ。耳が四つあって、夜は背中がうっすら光る。ちなみにこの町では、見つめ猫が百年生きるのはめずらしくないらしい。ほんとうかどうか、だれも確かめたことはないけれど。

ゴマは朝も昼も夜も、西の空の低いところにかかる、青白い星をにらんでいる。町の子はその星を「またたき星」と呼ぶ。一生に一度だけまたたく星、なのだそうだ。ごはんのときも、雷の晩も、ゴマは窓辺の座布団を離れない。座布団は六十年で毛羽立ち、すっかりゴマのかたちにへこんだ。窓の桟には、爪のあとが行儀よく並んでいる。

「ゴマはばかだねえ」と、孫のハナがよく言う。「ずうっとおんなじとこ見てさ。なんにもないのに」

トワ婆さんは笑うだけで、なんとも言わない。もっとも、ゴマが本当に星を見ているのかどうか、婆さんにもわからないのだ。ゴマの目はとうに白く濁って、なんだか薄い湯気でもかかったようなのだから。

六十年前、この家からジュンという若者が船で発った。遠い星へ働きに行くと言って、それきり帰らなかった。発つ朝、ジュンは土間で長靴のひもを結び直しながら、すり寄ってきたゴマに、こう言ったという。

「なあゴマ。おれの行く先は、遠すぎて、おまえには見えやしない。星のちっぽけな連れみたいなもんで、ふだんは影も形もない。……でも一度だけ、おれの居どころがあの明かりの前を横切る晩が来る。そしたら、明かりがふっとかげる。かげったら——」

そこから先を、トワ婆さんは覚えていない。まだ子どもで、なんとなく聞き流していたのだろう。人が星の前を通ったくらいで明かりがかげるものか、と。

けれど今夜、それは起きた。

夕餉のあとだった。ハナがふと窓の外を指さして、「星、消えかけてる」と言う。見ると、青白い星の光が、じわじわ細っていく。ろうそくの芯を指でつまむように、半分ほどまで暗くなって、しばらく心もとなく揺れていた。

ゴマが、動いた。

六十年、へこんだ座布団から一度も離れなかったゴマが、すっと立ち上がる。白く濁った目のまま、まよいなく土間へ下りて、戸口の前にちんと座った。しっぽの先が、一度だけ、ゆっくり揺れる。

トワ婆さんは、湯呑みを置いた手を、しばらく戻せなかった。かげったら——戸口へ、みんなを呼べ。忘れていた続きが、胸の底から浮かんでくる。

外では、またたき星がゆっくり、もとの明るさへもどっていく。その光がここへ届くまで、何十年かかったのだろう。ジュンが今どこでどうしているのか、もう、たしかめようもない。

婆さんは立って、戸に手をかけた。「ハナ。おいで」

戸が開いて、冷えた夜気が土間に流れこむ。ゴマは六十年ぶりに敷居をまたぎ、まだかすかに揺れて見える星の下へ、ゆっくり歩き出した。婆さんとハナは暗い戸口に並んで、その小さな背中が庭のまん中で立ちどまり、西の空へ、まっすぐ顔を上げるのを見ていた。