百代に一度の夜だと、朝から町じゅうが浮き足だっていた。
その晩、空のはしとはしに、ふたつのあかりが出る。西には大玉、東には名なしの小さいの。どちらも、またたくほどで消えてしまう。そして空は広すぎて、両方はどうしても見られない。ふりむいたころには、もう片方の光は行ってしまう。次は百年も先だという。
「ノノ、西だぞ。西を見てるんだ」
父のサトは、娘の小さな頭を両手ではさみ、そうっと西へ向けた。ノノは五つ。もっとも、ノノにしてみれば話は別らしい。大玉より、父のあごひげのほうが、よほど珍しかったのかもしれない。頭は、すぐにくるりと父の顔へもどってしまう。
「ほら、じきに出る。すごいんだぞ」 「やだ」 「とうさんの、もっとずっと前のじいさんより、昔に出た光だ。それが今夜、やっとここへ届くんだからな」 「ふうん」
家には、その大玉の絵本があった。さいごのページだけ、いつかノノがやぶって、のりで直したあとがある。父は毎晩、それを読んでやっていた。だからノノは、大玉のことをよく知っている。知っているから、なんだか、もういい、という顔をしていた。
やがて西の空が、ぼうっと白くふくらんだ。町じゅうが、いっせいに息をのむ。大玉だ。ひときわ大きく、ゆっくりと。だれもが口をあけて、西を見上げた。
サトも見た。見ながら、片手はずっとノノの頭にそえていた。よそを向かせまいと。ふと、東のすみで、なにか小さくまたたいた気もした。だが、ふりむくひまはない。ふりむけば、大玉を見のがす。
大玉は、すうっと消えた。百代ぶんの光が、行ってしまった。
町のまん中には、夜帳が広げてある。二度と来ない空を、町じゅうで一冊に書きのこす、古いならわしだ。もっとも、この帳面は代々、おなじことばかり書いてある。みんな同じ空を見て、同じ名を書くのだから、当たり前だろう。人々は列をつくり、順に「大玉」と書いていった。
サトも、ノノを抱いて並んだ。筆をとり、「大玉」と書こうとする。
すると、ノノが手をのばして、その筆をにぎった。
「あのたま、ほんにのってたよ」 「……ああ、のってたな」 「じゃあ、いい」ノノは父を見上げた。「とうさんは、どこにものってない。今夜しか、ないもん」
サトは、なにも言えなかった。
ノノは、みじかい筆で、まるい顔をひとつ描いた。ひげのある、へたな顔だ。町じゅうが「大玉」と書きならべた帳面のまん中に、その顔が、ぽつんとまじる。帳あずかりのソメ婆さんが、のぞきこんで、やっと声を出して笑った。西の空では、みんながまだ空を見上げていた。行ってしまった光のあとを、名ごりおしそうに。