宇宙ステーションから送られてくる宇宙飛行士の動画を見ると、地上での顔とどこか違う。まぶたがぽってりして、頬が張っていて、少し寝起きのような顔をしている。

本人の体調が悪いわけではない。むしろ元気だ。それでも顔がむくむ。

原因は、重力がないこと。普段は脚のほうにたまっているはずの体液が、行き場を失って上半身と頭に移動する。たったそれだけのことが、実は宇宙飛行士の健康で一番やっかいな問題のひとつにつながっていく。

宇宙飛行士の顔は、地上と別人に見える

血液やリンパ液、組織のすきまを満たす水分。人の体は、だいたい6割が水分でできている。この「体液」が、宇宙では一気に上半身へ寄る。

NASAも、微小重力(ほぼ無重力の状態)では体液が頭のほうへ移動すると説明している。顔がふくらみ、首の血管が浮き、逆に脚はすっと細くなる。宇宙飛行士の間では昔から知られた現象だ。

地上にいる私たちは、これの逆を毎日やっている。立っていると血液は下に下がり、夕方には足がむくむ。長時間のフライトで靴がきつくなる、あの感覚だ。

宇宙では、それが上下ひっくり返る。ではなぜ、重力がないだけで体液は上に行ってしまうのか。

犯人は重力。脚にたまるはずの体液が、行き場を失う

地上では、重力がつねに体液を下へ引いている。放っておけば血液は脚にたまる。だから体は、心臓や血管を使って一日中それをくみ上げ、全身に配り直している。

立ち上がったときに一瞬くらっとするのは、このくみ上げが追いつかない瞬間があるからだ。普段は意識しないが、私たちの循環は「重力と戦う」前提で設計されている。

ところが宇宙では、引っぱる力がない。

地上では重力が体液を下へ引き心臓がくみ上げる。無重力では引く力がなく体液が上半身へ余る

くみ上げる仕組みはそのまま動き続けるのに、下に引く力だけが消える。結果、体液は上半身と頭に余ってしまう。むくんだ顔は、重力ありきで組まれた体が無重力で空回りしている姿とも言える。

白状すると、私はこれを長いあいだ「宇宙は無重力だから体がふわっとむくむ」くらいにざっくり誤解していた。実際は逆で、体のポンプが真面目に働き続けているからこそ、行き場のない体液が上に寄るのだ。

体は「水が多すぎる」と勘違いして、水を捨てる

ここからが本題で、個人的に一番面白いと思う部分だ。

上半身に体液が集まると、体は胸や頭のあたりの「水が増えた」というサインを受け取る。体にしてみれば、水分をとりすぎたときと同じ状況に見える。

だから律儀に調整に入る。余分だと判断した水分を、尿として外に出してしまうのだ。宇宙に着いて最初の数日、宇宙飛行士のトイレが近くなるのはこのためだとされる。

問題は、体液の総量そのものが減ってしまうこと。

むくんだ状態に体が慣れたころ、全身をめぐる水分は地上より目減りしている。そのまま地球に帰ると、今度は重力が戻ってくる。体液はいきなり脚へどっと下がるのに、戻すべき量が足りない。

帰還直後の宇宙飛行士が立ちくらみを起こしたり、自力で立てずに運ばれたりするのは、この「水不足のまま重力が戻る」ギャップが大きい。宇宙で感じていた軽い頭の重さや鼻づまりも、もとをたどれば同じ体液移動のしわざだ。顔のむくみは、帰ってきたときに逆向きのしっぺ返しとして効いてくる。

本当に厄介なのは目。長期滞在者の約7割に異常

顔のむくみや立ちくらみは、時間がたてば戻る。もっと静かで、もっと厄介な場所がある。目だ。

頭に体液が集まると、その圧力は眼球や視神経にもかかる。NASAは、頭側への体液移動が目を圧迫し、視力の問題を起こしうると説明している。

これには名前が付いている。SANS(宇宙飛行関連神経眼症候群)と呼ばれる、地上には同じ病気が存在しない宇宙特有の症状だ。

4〜6か月のISS滞在では約7割に視神経乳頭のむくみなど初期サインが出る。眼球の後ろが平たくなる変化も起きる

NASAの研究によれば、4〜6か月の宇宙ステーション滞在で、乗組員の約70%に視神経乳頭のむくみといった初期サインが確認されるという。眼球の後ろ側が平たくなったり、網膜にしわが寄ったり、遠視の方向に見え方がずれたりする変化も報告されている。

このサインは本人が見えづらさを感じる前に出る。NASAの報告では、網膜の厚みの増加として、眼科でおなじみのOCT(光干渉断層計)という装置で読み取れる。健康診断の眼底撮影に近い検査が、宇宙では体の異変を知らせる最前線になっている。

数字を並べると、乗組員の7割。クラスに30人いたら21人の目に、何らかの変化のきざしが出る計算だ。これは例外的な事故ではなく、長く宇宙にいればかなりの人に起きる、ありふれた反応だということになる。

ここで少し立ち止まってほしい。頭に体液がたまる状態を地上で一番近く再現するなら、ずっと頭を下げて寝転んでいることに近い。想像してみてほしい。わずかに頭を下に傾けたベッドで、半年間ぶっ通しで過ごす。そのあいだ、目の奥はずっと押され続けている。

なぜここまで目が重視されるのか。帰還後に回復する人も多いが、視神経への影響がどこまで元に戻るのかは、まだ完全にはわかっていない。研究チームは、頭の中の圧力(頭蓋内圧)がどう関わっているかを、解くべき大きな課題として挙げている。

そして、この問題は将来の有人火星探査に直接ひびく。NASAはSANSのリスクを、片道ではなく往復でおよそ730〜1224日におよぶ火星ミッションで、対策が必要なレベルと位置づけている。2年以上、体液が頭に寄り続ける環境で目をどう守るか。月より先へ行くなら避けて通れない。

脚に体液を引き戻す、掃除機のような装置

では、どう防ぐのか。発想は意外と素朴で、「無重力の中に、重力のような力を作ってやる」ことに尽きる。

ひとつは、太ももを締める圧迫カフ。血液を下半身に残し、頭へ上がる体液を減らす。地上で着圧ソックスがむくみを抑えるのと、狙いは似ている。

もうひとつが、下半身を筒に入れて中の気圧を下げる装置だ。LBNP(下半身陰圧)と呼ばれる。

下半身を陰圧の筒に入れると、頭にたまった体液が脚へ引き戻される

筒の中の気圧を下げると、体液が脚のほうへ吸い寄せられる。NASAは、こうした下半身陰圧の装置が、頭にたまった体液を脚へ引き戻すのを助けうるとしている。無重力の中で「立っている状態」を人工的に作り出す、といえばイメージしやすい。

やや細かい話になるが、根っこは骨や筋肉の問題と同じだ。宇宙に長くいると骨は毎月1〜1.5%ずつ減り、筋肉も地上より速く落ちていく。これも重力という負荷が消えたせいで、体が「もう要らない」と判断して手放していく現象だ(この骨と筋肉の作り替えは別の記事で詳しく扱った)。

だから究極の対策として、回転で人工重力を作るアイデアも研究されている。NASAは地上で体を傾けて寝かせる長期ベッドレスト試験を行い、遠心機による人工重力が無重力の影響を打ち消せるかを調べてきた。要するに、宇宙で一番足りないのは重力そのものなのだ。

私たちの体は、重力ありきで設計されている

宇宙飛行士のむくんだ顔は、ただの珍しい現象ではない。重力がどれだけ深く体に組み込まれているかを映す鏡だ。

体液を上下に配り、骨に荷重をかけ、立ちくらみしないよう循環を調整する。地上の体はそのすべてを、重力があるという前提の上で無意識にやってのけている。双子の宇宙飛行士を比べたNASAの研究でも、1年近く宇宙にいた側の体には、地上に残った側と違う変化が積み重なっていた。

朝、鏡の前でまぶたが少しむくんでいる日がある。横になって寝ているあいだ、体液が頭のほうへ寄っただけの話だ。起きて歩き出せば、重力がすぐに水を下ろしてくれる。

その当たり前のリセットを、宇宙飛行士は何か月も受け取れない。顔のむくみという、誰もが知っている小さな現象の先に、人類が地球の外でどう生き延びるかという宿題がぶら下がっている。