天の川銀河のど真ん中、すべてを飲み込む巨大ブラックホールから、光の速さでたった半年ちょっとの距離。そんな場所で、ひとつの老いた星が、せっせと水とちりを作っていた。

宇宙でいちばん物騒とされる一角の、すぐ隣での話だ。焼き尽くされてもおかしくない場所で、星は静かにものづくりを続けていた。ジェームズ・ウェッブ宇宙望遠鏡(JWST)が、その現場をとらえた。

正直、これを知ったとき「そんなところで?」と声が漏れた。順番に見ていこう。

銀河でいちばん物騒な場所の、すぐ隣

天の川銀河の中心には、いて座A*(Sagittarius A*)という超大質量ブラックホールがある。太陽の数百万倍という桁違いの重さを持つ、銀河の重心だ。

今回の主役の星は、そこから約0.55光年しか離れていない。光の速さでも半年以上かかる距離だが、宇宙の物差しではこれは「お隣同士」と言っていい近さだ。

どれくらい近いのか。太陽からいちばん近い恒星プロキシマ・ケンタウリまでは4.2光年ある。0.55光年は、そのおよそ8分の1でしかない。

0.55光年は、太陽から一番近い恒星までの距離の約8分の1という近さを示した棒グラフ

km に直すと約5.2兆km。数字だけ見ると気が遠くなるが、要するに銀河の中心では、巨大ブラックホールと星がそれくらいの至近距離でひしめいている、ということだ。地球の周りがこんなに混み合っていたら、夜空は星で埋め尽くされているだろう。

では、その「お隣」はどんな環境なのか。ここが本題への入り口になる。

なぜ、そこは「何も残らない」はずだったのか

ブラックホールの近くと聞いて、多くの人が思い浮かべるのは「すべてを吸い込み、何も残さない場所」だろう。実際、銀河の中心はそのイメージにかなり近い。

いて座A*の周辺には、若くて重い星が異常なほど密集している。そうした星は強烈な紫外線や高エネルギーの光を大量に放つ。おまけにブラックホール自身も、周囲のガスを飲み込むときに激しい放射を出す。

つまりこの一帯は、銀河でもっとも放射のきつい環境のひとつだ。デリケートな分子や、できたてのちりの粒は、そんな場所ではあっという間に壊されてしまいそうに思える。強い光は、分子の結びつきをばらばらに引きちぎる力を持っているからだ。

星が新しい物質を「作る」どころか、持っているものを「奪われる」場所。それが素直な予想だった。

ここで少し立ち止まってほしい。その予想が、今回くつがえされた。

JWSTが見つけたのは、水とちりだった

観測に使われたのは、JWST に載っている中間赤外線の装置 MIRI(ミリ/中間赤外線観測装置)だ。可視光では見えない、冷たいちりや分子が出す弱い赤外線をとらえるのが得意な目である。銀河の中心は分厚いガスとちりに覆われていて、ふつうの望遠鏡ではその奥まで見通せない。赤外線なら、その霧の向こうをのぞける。

その目が IRS 3 という星をのぞき込んだ。IRS 3 は、寿命の末期を迎えた老いた巨星だ。太陽の約6倍の重さで生まれ、年齢は約7200万年と見積もられている。星としては、もう晩年に入っている。

そしてこの星の周りから、JWST は二つのものをはっきりと検出した。ひとつはケイ酸塩のちり。岩石の材料になる、シリコンと酸素を含んだ細かい粒だ。もうひとつは水の分子である。

しかも研究チームによれば、この星で水がはっきり見えたのは今回が初めてだという。銀河でもっとも過酷なはずの場所で、岩石の材料と水が新しく作られていた。

なぜ、死にかけの老いた星が、そんなものを作れるのか。

老いた巨星は、宇宙の「ちり工場」だ

種明かしをすると、IRS 3 のような星は宇宙のちり工場として知られている。専門的には漸近巨星分枝(ぜんきんきょせいぶんし、AGB段階)と呼ばれる、星の一生の終盤にあたる段階だ。

太陽くらいの重さの星は、年を取るとぶくぶくと膨れ上がり、外側の層がスカスカに広がっていく。そして表面から絶えずガスを宇宙空間へ吹き流す。この流れ出たガスが冷えていく途中で、ちりの粒や水の分子に固まる。台所で立ちのぼる湯気が、冷たい窓ガラスで水滴に変わるのと少し似ている。

IRS 3 の周りでは、内側が約1200K(およそ930℃)、外へ行くほど冷えて外縁は約100K(およそマイナス173℃)という温度の勾配ができている。この「熱いところから冷たいところへ」の落差が、物質の作られる舞台になる。

ふくらんだ老巨星の外層で温度が下がる途中に、ケイ酸塩のちりと水分子が生まれる仕組みの図

放出されたちりの層は、約1万天文単位という広がりを持つと見積もられている。1天文単位は地球と太陽の間の距離(約1億5000万km)だから、その1万倍。海王星までが約30天文単位であることを思えば、太陽系がまるごと何百個も入るほどの巨大な繭を、この星はまとっているわけだ。

ここまでは、老いた星のふるまいとしては教科書どおりに近い。問題は「場所」だった。

危険地帯でも、ものづくりは止まらなかった

これだけ強烈な放射を浴びる場所では、作られたそばからちりや水が壊されても不思議ではない。研究チームが注目したのも、まさにその点だ。

ところが観測が示したのは、IRS 3 のちりの生産が「驚くほどしぶとく」続いているという事実だった。過酷な環境が、老いた星のものづくりを止められていない。むしろ星は、周りがどれだけ荒れていようとおかまいなしに、自分のペースで材料を吐き出していた。

研究を率いたのはケルン大学のフロリアン・パイスカー氏らのチームで、成果は天文学の専門誌 Astronomy & Astrophysics に2026年8月11日付で発表された。銀河の中心という極端な環境でも、老いた星が周囲に物質を供給し続けられることを示した観測だ、と研究チームは位置づけている。この星は、銀河中心をくまなく調べる MICONIC という観測プログラムのなかで詳しく捉えられた。中心部にこれほど末期の星がいること自体、少し前まではっきりとは分かっていなかった。

ここが個人的には一番好きな部分だ。銀河でいちばん壊す力の強い場所のすぐ隣で、いちばん地味な「作る」作業が黙々と続いていた。派手さと地道さが、0.55光年の距離で同居している。

想像してみてほしい。もしあなたが IRS 3 のそばに立てたら、頭上には銀河を支配する巨大ブラックホールと、まぶしく荒れ狂う若い星々が広がっている。なのに足元では、あなたを包む老いた星が、静かに岩石のかけらと水のしずくを吐き出し続けているのだ。

そのちりは、いつか誰かの足元になる

なぜ、この地味な発見が面白いのか。老いた星がまき散らすちりと水は、そのまま次の世代の材料になるからだ。

宇宙のちりは、集まって新しい星を作り、その周りで惑星を組み上げる。ケイ酸塩は岩石惑星の、水は海や氷の、いわば元になる。私たちの地球も、太陽が生まれるより前に死んでいった星たちのちりから作られた。太陽系の岩や、あなたの体を作る重い元素の多くは、宇宙が自前で用意したものではなく、こうして星が世代をまたいで受け渡してきたものだ。

老いた星がまいたちりと水が、次の星や惑星、そして地球の材料へと循環する図

つまり今回の観測は、「銀河の中心のような荒れた場所でも、次の星や惑星の材料が供給されうる」という循環の一場面をとらえたことになる。研究チームは、こうした厳しい環境の理解につながる重要な手がかりだと考えている。

あなたの骨に含まれるカルシウムも、コップに注いだ水も、たどっていけばどこかの老いた星が作ったちりに行き着く。銀河のいちばん危ない一角で今日も続いているものづくりは、遠い他人事ではない。私たちはみな、そうやって作られた側なのだ。