いま、地球を回る一機の宇宙望遠鏡が、じわじわと落ちている。2004年に高度600kmで動き出した、NASAのスイフト望遠鏡だ。気づけば、その高度は400kmまで下がっていた。
このままでは、2026年の終わりごろに大気圏へ突っ込んで燃え尽きる、と見られていた。ところが、そこで前代未聞の手が打たれた。別のロボット衛星が、落ちかけた望遠鏡を掴んで押し上げに行ったのだ。
20年働いた望遠鏡が、ISSの高さまで落ちてきた
スイフト望遠鏡は、宇宙で最も激しい爆発の閃光をつかまえるための機械だ。ガンマ線バースト(遠い宇宙で星が死ぬ瞬間などに走る、短くて強烈な光の爆発)を、いち早く見つけて向きを合わせる。2004年から20年以上、その役目を果たしてきたベテランである。
ところが、この望遠鏡の軌道が下がってきた。打ち上げ当初は高度600km。それが、いまでは約400kmまで落ちている。
400kmと言われてもピンとこないかもしれない。国際宇宙ステーション(ISS)が飛んでいるのが、だいたい高度400km。つまりスイフトは、宇宙飛行士が暮らすあの高さと同じくらいまで、下りてきてしまった。
宇宙にあるものが、なぜ落ちるのか。真空のはずの場所で、何が望遠鏡を引きずり下ろしているのだろう。
宇宙にも、うっすら空気が残っている
高度400〜600kmは、まぎれもなく「宇宙」だ。空は真っ黒で、地上の空気の何億分の一という薄さしかない。それでも、完全なゼロではない。ごくわずかに、大気の分子がまだ漂っている。
スイフトはそこを、秒速7〜8kmという猛烈な速さで回り続けている。東京から大阪まで1分もかからない速度だ。これだけ速く動くと、たとえ空気がスカスカでも、分子にぶつかるたびに少しずつ勢いを削られる。
自転車を全力でこいだときの向かい風を思い出してほしい。空気は目に見えないのに、体を押し返してくる。あれの、うんと薄い親戚が宇宙にもいる。抵抗を受けた衛星は運動エネルギーをじわじわ失い、高度を下げていく。
これはスイフトに限った話ではない。低い軌道を回る衛星は、程度の差こそあれ、みな少しずつ落ちる運命にある。打ち上げた瞬間から、時計は動き出しているわけだ。
では、なぜスイフトの落下がここ数年で急に速まったのか。犯人は、意外なところにいた。
太陽が、地球の空気を膨らませた
2024年ごろ、太陽は活動の極大期を迎えていた。表面の爆発が増え、地球にも荒れた宇宙天気が届く時期だ。
太陽が荒れると、地球の高層大気は熱を受けて膨張する。ふだんより高いところまで、空気がふくらんで濃くなるのだ。すると、同じ高度を飛んでいる衛星にとっては、いきなり向かい風が強まったことになる。抵抗が増え、落下が加速する。
正直、太陽の機嫌ひとつで望遠鏡の寿命が縮むというのは、少し理不尽な話に思える。地球のはるか外側で起きた爆発が、まわりまわって一機の観測装置の余命を削っているのだから。
そして、落下には越えてはいけない一線がある。高度300kmだ。ここを切ってしまうと、あとで述べる救出そのものが難しくなる。放っておけば2026年末には、制御できないまま大気圏へ落ちる。そう予想されていた。
もし、あなたが高度400kmのスイフトのすぐそばに立てたとしたら。見えない空気の壁がじわじわ濃くなり、望遠鏡がほんの少しずつ、地球へ引き寄せられていくのを感じるだろう。派手さはない。けれど、確実に迫ってくる終わりだ。
掴んで押し上げる、というレッカー発想
ふつう、落ちる衛星に打つ手は限られている。自前の燃料で軌道を保つのがせいぜいで、それも尽きればおしまい。多くの衛星は、そうやって役目を終えてきた。
ところが今回、NASAは違う道を選んだ。2025年9月、Katalyst Space(米アリゾナ州フラッグスタッフの企業)にスイフトの救出を委託。同社はLINKというロボット衛星を、1年足らずで設計・製造・試験して打ち上げた。
打ち上げは2026年7月3日、マーシャル諸島のクワジェリン環礁の上空でおこなわれた。しかも、地上から真上へ飛ばすふつうのロケット発射ではない。改造したL-1011機スターゲイザー(Stargazer)が、LINKを積んだペガサスXLロケットを高度約12kmまで運ぶ。そこでロケットを切り離し、空中で点火した。飛行機からロケットを撃ち出す、いわゆる空中発射だ。
そもそもスイフトの運用チームは、これまでも姿勢を工夫して機体の受ける空気抵抗を減らし、寿命を数か月ぶんだけ稼いできた。その粘りがあって、ようやく救出機の準備が間に合った。
面白いのはここからだ。道端でエンストした車を、レッカー車が来て引き上げる。あの光景をそっくり宇宙に持ち込んだのが、この計画である。立ち往生しかけた望遠鏡のもとへ、別の機械がわざわざ迎えに行く。
だが、大きな問題がひとつある。スイフトは、掴まれることなど、まるで想定していないのだ。
掴む相手は、掴まれる準備をしていない
スイフトは2004年の設計だ。軌道上で誰かに整備してもらう、などという発想は当時ほとんどなかった。だから機体には、つかむための取っ手も、ドッキング(機体どうしを結合すること)用の受け口もない。
それでもLINKは近づき、この「準備していない相手」を掴んで押し上げる。押し上げるスイフト本体は、迎えに来たロボットよりずっと大きくて重い。その大きな相手を、小柄な機体が後ろからじわじわと押していく格好だ。
押す道具は、ホールスラスタ(電気の力で推進剤を吹き出す、電気推進の一種)だ。この手の推進装置は、とにかく推力が弱い。ロケットのように一気に加速することはできない。そのかわり、燃費よく、長く押し続けられる。
だからLINKは、スイフトを一気には持ち上げない。自分より大きな相手を、そよ風のような推力でじわじわと押し続け、数か月かけて元の約600kmへ戻していく。せっかちな人には向かない仕事だ。
手順もいきなり掴みには行かない。打ち上げ後はまず、自分の太陽電池パネルを開いて電気系統が動くのを確かめる。それからスイフトへ近づき、数週間かけて相手の様子をじっくり調べる。押し上げにかかるのは、そのあと。全体で数か月がかりの、ずいぶん気の長い作業になる。
白状すると、この計画を最初に読んだとき「そんな綱渡りが本当にできるのか」と半信半疑だった。NASAによれば、整備を想定していない政府の衛星に商用のロボット機がドッキングすれば、これまでにない試みになるという。うまくいけば、衛星を「使い捨てる」時代の常識が、少し書き換わることになる。
落ちる前提の宇宙で、迎えが飛んでいる
人工衛星は、打ち上げた瞬間から少しずつ落ちる。低い軌道ではそれが宿命で、寿命が来れば燃え尽きるにまかせるのが当たり前だった。
今回の試みは、その前提に「落ちてきたら、迎えに行けばいい」という一手を差し込んだ。うまく押し上げられれば、スイフトはまだ何年も、宇宙の爆発を見張り続けられる。掴んで、押して、延命させる。宇宙のロードサービスとでも呼びたくなる話だ。
今夜も高度400km、ISSとほとんど変わらない低さで、一機の望遠鏡がガンマ線の閃光を待ちながら地球を回っている。そしてその頭上を、迎えの機械が静かに追いかけている。