土星の南極を、きれいな十角形のうねりがぐるりと囲んでいた。10本の辺を持つ、定規で引いたような多角形だ。しかもこの形、できあがって止まっているのではなく、いま少しずつはっきりしてきている。

惑星の空が、こんなに几帳面な形を描く。しかも「育っていく途中」を人が横から眺められる。正直、画像を見たとき声が出た。

土星の南極で、いま何が起きているのか

話の主役は、NASA と ESA が共同運用するハッブル宇宙望遠鏡だ。その観測から、土星の南極をとり囲む10辺の大きな波——十角形が確認された。

これは雲に色を塗ったとか、たまたまそう見えたという話ではない。極のまわりを流れるジェット気流(高速で帯状に流れる風)が、まっすぐな辺と角を持つ多角形の形に並んでいる。土星の南半球で、こういう大規模で規則的なジェットの模様がはっきり見つかったのは、これが初めてだと研究チームは報告している。

ここで多くの人が「あれ?」と思うはずだ。土星といえば、北極の六角形のほうが有名ではなかったか。そう、話は北極の先輩から始めないと、この南極の新顔のすごさが伝わらない。

北極の六角形は、40年変わらない「主」だ

土星の北極には、ずっと前から六角形のジェット気流が居座っている。1980年代にボイジャー探査機が送ってきた画像で見つかって以来の、太陽系でも指折りに有名な「かたち」だ。

驚くのはその寿命である。この六角形は40年以上にわたって観測され続け、その間ずっと同じ六角形のまま、ほとんど姿を変えていない。台風のように生まれて消えるのではなく、住所も表札もそのままの「主(ぬし)」なのだ。

スケールもけた外れだ。この波が囲んでいる土星は、直径がおよそ12万km。地球を横に並べると約9個ぶんにあたる。その惑星の極を、ぐるりと一周する規模の風が、角の立った六角形に折れ曲がっている。小さな渦巻きではなく、惑星そのものを鉢巻きのように締める大きさだと思ってほしい。

土星は直径約12万km、地球を横に約9個並べた大きさという図

地球にも、上空には偏西風というジェット気流が流れている。飛行機がその流れに乗ると速く飛べる、あの風だ。惑星には必ずこういう帯状の風があって、土星の場合はそれが極で角張ってしまう。地球の偏西風は季節でくねくねと蛇行するけれど、まさか正十角形のような角を作ったりはしない。土星の律儀さは、やはりどこか常識外れなのだ。

では、これだけ立派な六角形が北にあるなら、南極にも同じものがあって当然では——。実はそこが、長いあいだの謎だった。

40年探しても、南には相棒がいなかった

研究チームによれば、ハッブルは1990年の運用開始以来、南極にも北と同じような形がないか探し続けてきた。土星を長期間ねばり強く見張る OPAL(外惑星大気レガシー)という観測プログラムの一環だ。

さらに、2004年から2017年まで土星を周回したカッシーニ探査機も、南極をくわしく観測していた。土星の間近を13年も回り続けた探査機である。それでも、北の六角形に対応するような、長く居座る規則的な形は見つからなかった。南極は、どこか「のっぺり」していたのである。

ここで少し立ち止まってほしい。同じ惑星、同じ自転、同じ大気。それなのに北には40年ものの六角形があり、南には何もない。家でいえば、北の部屋だけきっちり家具が並び、南の部屋はがらんどう、という妙なアンバランスだ。

その空っぽだったはずの南極に、突然、十角形が現れた。

「できていく途中」を見られる、めったにない機会

面白いのはここからだ。この十角形、最初からくっきりしていたわけではない。

ハッブルの過去データをさかのぼると、十角形のうっすらした兆しは2023年の時点ですでに写っていた。それが2024年には地上の望遠鏡でも確認できるようになり、2025年の画像ではっきりと強まった、という順番で姿を整えてきた。線がだんだん濃くなっていくように、形が育っているのだ。

十角形は2023年のかすかな兆しから2024、2025年と年々はっきりしてきたことを示す図

研究に加わった NASA ゴダード宇宙飛行センターのエイミー・サイモン氏は、この構造について「強まりつつあり、巨大な大気パターンが育っていく様子を見られる、めったにない機会だ」とコメントしている。

これがなぜ貴重なのか。北の六角形は、人類が気づいたときにはもう完成していた。生まれる瞬間は誰も見ていない。ところが南の十角形は、兆しから成長までを年ごとに追える。惑星規模の模様が「どう立ち上がるのか」を、記録しながら見届けられるチャンスなのだ。

北の六角形が「40年変わらない記録」だとすれば、南の十角形は「いままさに変わっていく現場」だ。片方は完成品、片方は工事中。同じ惑星の両極で、こんなに性格の違うものが同時に見られるとは。

北極の六角形は40年不変、南極の十角形は2023年から成長中という対比の図

ちなみに今回の発見には、トレバー・バリー氏やジャン=ポール・オジェ氏といったアマチュア天文家が撮った画像も役立ったという。惑星の長期の見張りは、プロの大望遠鏡だけでは手が回らない。庭先の望遠鏡が、惑星規模の現象を追う一端を担っているのは、個人的に一番好きな部分だ。

なぜ惑星は「角張った形」を作るのか

では、そもそもなぜジェット気流が六角形や十角形に折れ曲がるのか。そして、なぜ北は6辺で南は10辺なのか。

正直に書くと、ここははっきり分かっていない。極をまわる風の流れに、ある種の波が重なると、まっすぐな辺と角を持つ多角形の模様ができる、という考え方はある。カーブを描いて流れる川が、何本かの波の重なり方しだいでカクカクと折れる、とでもいえばいいだろうか。辺の数は、風の速さや幅といった条件で決まるらしい。だが、北がずっと六角形で南が十角形になる理由を、きれいに言い切れる段階ではない。

サイモン氏も、なぜ今になって南極に突然こういう形ができたのか、という問いが残っていると述べている。今回の論文は2026年9月に科学誌 Science Advances に発表された。スペイン・バスク大学のアグスティン・サンチェス=ラベガ氏が筆頭著者を務めている。

ここで観測と解釈を分けておきたい。「南極に十角形が現れ、年々はっきりしてきた」のは、画像に写った観測事実だ。一方、「なぜその形になるのか」は、まだ研究者が調べている途中の問いである。この2つを混ぜないことが、こういうニュースを落ち着いて読むコツだと思う。

几帳面で、気まぐれな空

惑星の空は、定規で引いたような多角形を描くほど几帳面だ。それでいて、北と南で違う答えを出し、40年そのままかと思えば、別の極では突然新しい形を育て始める。この律儀さと気まぐれの同居が、今回の話のいちばんの味だと思う。

もしあなたが土星の南極のはるか上空に浮かんでいたら、足もとには10本の辺でできた巨大な多角形の雲模様が、ゆっくり回っているはずだ。その輪郭が、人の一生のうちの数年で、少しずつくっきりしてきている。地球では雲のかたちは数分で崩れるのに、ここでは年単位で角が育つ。

今夜、望遠鏡で土星を小さな黄色い点として見つけたとして、そのてっぺんとお尻では、別々の多角形が別々の速さで時を刻んでいる。同じ惑星の反対の極で辺の数が違う形が生まれる理由は、まだ誰も答えを持っていない。

いまこの形がどこまで育つのか。それを追えるのは、たまたまこの時代に空を見ている私たちだ。几帳面すぎる形が気まぐれに生まれては変わっていく——その不思議は、ふと短い物語にしてみたくもなる。