今朝あなたが見た地図の青い点は、2万km上空の時計が「わざと狂わせてある」という計算の上に乗っている。

直さずに放っておくと、その点は1日で約10kmずれる。駅に着いたはずが、地図の上では隣町にいることになる。しかもズレの原因は電波の不調でも衛星の故障でもない。アインシュタインが100年前に書いた相対性理論、あれがそのまま効いている。

地上のスマホと高度約20,200kmのGPS衛星の原子時計は1日38マイクロ秒ずれる

現在地は、結局のところ時計の勝負だ

カーナビもスマホの地図も、やっていることは意外と単純だ。頭上を回るGPS衛星がそれぞれ「今は何時何分何秒」という信号を電波で送り、受信機は複数の衛星からの信号が届くまでの時間差を測る。その時間差に電波の速さを掛ければ、自分から各衛星までの距離が出る。距離がいくつか分かれば、交わる一点として現在地が決まる。

GPSを運用しているのはアメリカ軍で、いまは宇宙軍が担当している(2019年の創設前は空軍の仕事だった)。衛星は高度およそ20,200kmを回り、常時32機ほどが運用され、最低24機あれば地球全体をカバーできる。NISTによれば、こうして測った位置の誤差は10m未満に収まる。

ここで効いてくるのが電波の速さだ。電波は光と同じ速さで進むので、1マイクロ秒(100万分の1秒)で約300m進む。

つまり衛星の時計が100万分の1秒だけ狂うと、位置は約300mずれる。

時計が1マイクロ秒ずれると位置は約300m、38マイクロ秒だと約11kmずれる

だから各衛星には原子時計(ルビジウムやセシウムの原子を使う超高精度の時計)が積まれ、その時刻はアメリカ海軍天文台が管理する世界標準時に合わせてある。位置を測る装置にとって、時計の精度はそのまま地図の精度になる。問題は、その時計がどうしても地上とズレてしまうことだ。

宇宙の時計は、2つの理由で地上とズレる

白状すると、この仕組みを長いこと「衛星が高速で動くから時計が遅れるだけ」だと誤解していた。実際は、逆向きの効果が2つ、同時に働いている。

1つ目は特殊相対性理論。速く動く物体ほど時間はゆっくり進む。GPS衛星は秒速およそ4km(時速にすると約1万4000km)で地球を回っているので、地上の時計より遅れる。Ohio State University のリチャード・ポッジ氏の解説によれば、その量は1日あたり約7マイクロ秒。

2つ目は一般相対性理論。重力が強いほど時間はゆっくり進む。地上は地球の重力に深く沈んでいて、高度2万kmの衛星は重力が弱い場所にいる。だから衛星の時計は地上より速く進む。こちらは1日あたり約45マイクロ秒だと同氏は説明している。

向きが逆、というのがこの話の肝だ。速度は時計を遅らせ、弱い重力は時計を進ませる。

特殊相対論が1日マイナス7、一般相対論がプラス45、差し引きプラス38マイクロ秒

差し引き、1日に38マイクロ秒だけ速く進む

2つを足すとどうなるか。遅れる分が7、進む分が45。差し引きで、衛星の時計は1日あたり約38マイクロ秒、地上より速く進む。45引く7で38、という素朴な引き算だ。

38マイクロ秒。耳で聞くと鼻で笑いたくなるほど小さい。瞬き1回が10万マイクロ秒くらいなので、その3000分の1にも満たない。

ところが、さっきの「1マイクロ秒で約300m」をここに当てはめてほしい。

38マイクロ秒ぶんの時計のズレは、距離にすると約11kmに化ける。これが毎日積み上がる。ポッジ氏の解説でも、補正しなければ位置の誤差は1日あたり約10kmのペースでたまっていくとされている。2日で20km、3日で30km。1週間ほうっておけば、地図はもう別の都市を指している。

補正しないと誤差は1日約10kmずつ増え、補正すれば数m以内に収まる

もしあなたが衛星に腕時計を持って乗っていたら、地上に残した自分の時計より、毎日ほんの少しだけ未来にいることになる。体では到底感じ取れない。でも装置はその差を正確に刻み、放置すれば道案内を壊してしまう。

打ち上げる前から、時計をわざと遅く作ってある

では、どう直しているのか。ここがいちばん人間くさくて好きな部分だ。

技術者たちは相対論の効果をあとから慌てて補正しているわけではない。衛星の原子時計は、地上の基準より最初から少しだけ遅く刻むように設計して打ち上げている。宇宙に上がると重力が弱くなって時計が速く進む、その分をあらかじめ見越して、地上で「遅らせて」出荷しておくわけだ。

軌道に乗ると、速く進む効果とこの下駄がちょうど釣り合い、地上の時計とそろって見える。さらに地上の管制局が信号を監視して、残ったわずかなズレを日々微調整する。NISTによると、GPS衛星の原子時計はこうして世界標準時に対して常に歩調を合わせ続けている。

言い換えると、相対性理論は「正しいかどうか議論する対象」ではなく、工場で時計を削るときの設計値として、すでに組み込み済みなのだ。

GPSだけの話ではない

同じ悩みを抱えているのはアメリカの衛星だけではない。ヨーロッパが運用する測位システム「Galileo(ガリレオ)」も、原理はそっくりだ。

ESAによると、Galileoの衛星は高度約23,222kmを回り、全部で28機の構成になっている。2つの周波数を使うことで、リアルタイムの位置精度は約1mに達する。これだけの精度を出すには、やはりすべての衛星の時刻を地上局の時計とそろえ続ける必要がある。

高度がGPSより少し高い分、重力はさらに弱い。つまり時計が進む効果はGPSよりも強く出る。衛星を高い軌道に上げるほど、相対論の補正から逃げられなくなる。地上の便利さの裏で、どの国の測位衛星も同じ物理と格闘しているわけだ。

アインシュタインは、いつのまにか道案内に化けていた

GPSの初号機が打ち上がったのは1978年、24機そろって完全運用に入ったのが1993年だと NASA は記録している。もともとは軍事用に生まれた仕組みだ。それが今では、待ち合わせに遅れそうな人や、知らない街で曲がり角を探す人の手のひらで、毎秒休みなく働いている。

面白いのはここからだ。アインシュタインが1905年と1915年に時間と重力について書いたとき、彼の頭に地図アプリなどあるはずもなかった。純粋に「時間とは何か」を突き詰めた理論が、1世紀後、2万km上空で38マイクロ秒を削る実務になっている。

次にスマホの青い点がすっと正しい位置に吸い付いたら、思い出してほしい。その一瞬の精度は、頭上の時計を毎日わざと狂わせ、狂わせた分をまた直す、という気の遠くなる手間の上に乗っている。アインシュタインの理論は、夜空ではなく、あなたの手のひらの中で毎朝ちゃんと仕事をしている。