2023年11月14日、ボイジャー1号から地球に届いた信号が、突然意味をなさなくなった。命令はちゃんと受け取って実行している。なのに、返ってくるデータが文字化けのような繰り返しパターンに化けていた。

250億km彼方で、何かが壊れた。しかも、二度と手の届かない場所で。

文字化けした信号から、故障を探す

NASAのボイジャー1号チームは、この信号を手がかりに原因を追った。地上でパソコンが壊れたなら、開けて中を見ればいい。ボイジャーにそれはできない。

2024年3月、チームは原因を機上の3台あるコンピューターの1つ、FDS(飛行データ系。観測データや機体の状態をまとめて地球へ送る役割)に絞り込んだ。さらに調べると、FDSのメモリの一部を保存していたチップが1個、動かなくなっていた。そこにはソフトのコードの一部も入っていた。コードが欠けたせいで、データ全体が読めなくなっていたのだ。

白状すると、この話の何がすごいのか、最初はピンとこなかった。チップが1個壊れただけでしょう、と。だが「替えがきかない」の意味を考え始めると、背筋がすっと寒くなる。

命令を送って生死が分かるまで約46時間かかることを示す図

手を入れるのに、往復2日かかる

ボイジャー1号は、地球から約250億km離れている(2026年時点のNASAの発表による)。電波は光の速さで飛ぶが、それでも片道で約23時間かかる。

命令を送る。探査機に届くのが約23時間後。実行した結果が地球に返ってくるのが、さらに約23時間後。つまり「この操作で直ったか」を確かめるまでに、ほぼ2日待つ。

ここで少し想像してほしい。あなたが管制室の椅子に座っている。壊れかけた機械に修正コマンドを送る。送信ボタンを押したあと、丸1日近く、相手が生きているのか死んだのかすら分からない。間違ったコマンドなら、それが届く頃には取り返しがつかない。

おまけに、ボイジャーへ命令を送れる地上アンテナは、世界にほぼ1基しかない。オーストラリアのキャンベラにある直径70mのアンテナ(DSS-43)だ。NASAによれば、これだけが2機のボイジャーへ命令を送るのに十分な電波の強さを持つ。だからこのアンテナが改修で止まると、命令そのものが送れなくなる。

遠隔で、往復2日、やり直しのきかない相手。延命の現場とは、まずこういう条件の話だ。

壊れたチップは直せない。だからコードを引っ越しさせた

では、FDSの故障をどう直したのか。チップは修理できない。替えもない。そこでチームが取った手は、壊れた場所に置いてあったコードを、メモリの別の場所へ移すことだった。

ところが、問題のコードを丸ごと入れられる空き領域が、どこにもなかった。そこでチームはコードをいくつかに切り分け、別々の場所に収め、ばらばらになっても全体がつながって動くよう調整した。さらに、そのコードを呼び出している他の部分の「参照先」を、新しい置き場所に全部書き換えた。

壊れたチップのコードを分割して別の領域へ移す様子を示した図

2024年4月18日、チームはまず機体の状態を送る部分のコードを、引っ越し先から動かすよう命令を送った。返事が届いたのは4月20日。信号は、正常に読める状態に戻っていた。NASAによれば、機体の健康状態を確認できたのは5か月ぶりだった。

古いソフトのプログラムを、何十年も前の設計資料と首っ引きで解読し、往復2日の通信で少しずつ書き換えていく。派手な救出劇ではない。地味で、気の遠くなる作業だ。個人的には、この地味さこそがこの話の芯だと思う。

21年眠っていたエンジンを、もう一度起こす

壊れるのはソフトだけではない。機体を正しい向きに保つエンジン(スラスター)も、少しずつ目詰まりしていく。

ボイジャー1号は、アンテナを地球に向け続けるために姿勢を保つ必要がある。その回転を担う予備のスラスターが、2004年からずっと使われ続けてきた。NASAによれば、この燃料配管の内側に少しずつ残留物がたまり、2025年の秋には完全に詰まる恐れが出てきた。

ここで面白いのは、チームが目をつけた相手だ。2004年に動かなくなり、以来20年以上「使えない」とみなされてきた、主系統のスラスター。これをもう一度起こせないかと考えた。

電力が減るたびに観測機器を1つずつ停止していく様子を示した図

主系統が止まったのは、内部の小さなヒーター2つへの電力が失われたせいだった。チームは、電力まわりの回路のどこかでスイッチが意図せず切り替わったのでは、と推測した。そのスイッチを元に戻せば、ヒーターがまた動くかもしれない。21年前に物置へ放り込んだ機械を、遠隔で引っ張り出すようなものだ。

2025年3月20日、命令が実行された。信号の遅れがあるため、チームは丸1日近く遅れてその瞬間を見た。ヒーターの温度が20分のうちに急上昇した。成功のサインだった。しかも、命令を送れるキャンベラのアンテナが改修で長く止まる前に、この復活を間に合わせる必要があった。綱渡りである。

毎年4ワットずつ、確実に減っていく

ソフトも直した。エンジンも起こした。それでも、どうやっても止められない減り方が1つある。電力だ。

ボイジャーの電力は、プルトニウムが自然に崩壊する熱から作られている。崩壊は年々ゆるやかになり、NASAによれば発電量は2機とも毎年およそ4ワットずつ落ちていく。4ワットは、スマホの充電器1つ分にも満たない。それが、交渉の余地なく毎年失われる。

だからチームは、電力が減るたびに観測機器を1つずつ消してきた。2026年4月17日には、ボイジャー1号の低エネルギー荷電粒子観測装置(LECP)を停止する命令を送った。NASAによると、これで各機10個あった観測装置のうち、8個までが停止したことになる。ボイジャー1号で今も科学観測を続けているのは、プラズマ波と磁場を測る2つだけだ。

妙な話だが、止めた装置にも電気が流れ続ける。LECPはセンサーを回す小さなモーターだけが動いたままで、約0.5ワットを使っている。1ワットに満たない電力まで帳簿につけて、どこを削るか吟味する。延命とは、こういう1ワット単位の家計のやりくりなのだ。

2026年8月には、ボイジャー2号で「ビッグバン」と名づけた手も実行された。NASAの説明では、複数の機器を同時に止めて消費の小さいものに切り替え、機体が凍えない温度は保つというやり方だ。これで2号の残り3つの観測装置を、少なくとも1年は延命できる見込みだという。

手の届かない機械と、どう付き合い続けるか

考えてみれば、これは宇宙に限った話ではない。実家の古い給湯器、もう部品の出ない車、サポートの切れたパソコン。替えがきかないものを、だましだまし使い続けた経験は誰にでもある。

ボイジャーの延命は、その究極の形だ。相手は250億km先。命令は往復2日。壊れたチップは直せないから、コードを引っ越しさせる。詰まったエンジンの代わりに、21年眠っていた予備を起こす。削れる電力は1ワット単位で探す。どれも派手さはないが、途切れさせたら終わりだ。

半世紀前に人類が送り出した機械は、いまも地上の技術者の手仕事でかろうじて声を保っている。電力の壁そのものについてはこちらの記事でも掘り下げた。

今夜も、キャンベラの70mアンテナは南の空へ向いている。そこから放たれた命令が、暗闇を23時間かけて進み、人類の最も遠い機械にそっと届く。生きているか分かるのは、その2日後だ。