焚き火を思い浮かべてほしい。炎のすぐそばは熱くて、少し下がると涼しくなる。火から離れれば離れるほど温度は下がる。これが当たり前だ。
ところが太陽は、この当たり前を真っ向から破っている。表面の温度は約5,500度。なのに、その外側に広がる薄い大気「コロナ」は、約200万度もある。
火元より、火元から離れた空気のほうが、ざっと360倍も熱い。
表面5,500度、外側200万度
まず数字を並べておく。NASA がまとめる太陽の基本データによれば、私たちが「太陽の表面」と呼ぶ光球(こうきゅう、目に見える明るい面)は約5,500度。中心の核はもっと高くて約1,500万度ある。
ここまでは直感どおりだ。熱源は中心にあって、外へ向かうほど冷えていく。核の1,500万度から表面の5,500度まで、温度はきれいに下がっていく。
問題はその先だ。表面のさらに外側、肉眼では皆既日食のときにしか見えない真珠色の大気コロナは、同じ資料で最高約200万度とされている。
いったん5,500度まで下がった温度が、外側でまた跳ね上がる。火から遠ざかったのに、急に数百倍熱くなる。白状すると、この順番を初めて知ったとき、私はしばらく図を逆さに見ていないか確認した。
なぜ「ありえない」のか
ここで少し立ち止まってほしい。なぜこれがそんなに大問題なのか。
熱は、高いところから低いところへ流れる。熱いコーヒーは放っておけば冷めるし、冷たい部屋がひとりでに熱くなったりはしない。これは物理のかなり硬いルールで、日常でも裏切られることがない。
太陽でいえば、エネルギーの出どころは中心の核だ。核で起きている核融合が熱を生み、それが外へ伝わる。だとすれば温度は中心から外へ、下がる一方でなければおかしい。
なのにコロナは、表面より外にあるのに表面より熱い。熱源から遠いほうが熱いのだ。焚き火なら離れるほど涼しくなるのに、太陽では離れた外側で温度が跳ね上がる。
これは「熱が低いところから高いところへ逆流している」ように見える。もちろん実際に物理法則が破れているわけではない。表面の熱がそのまま伝わってコロナを温めているのではなく、別の仕組みでエネルギーがコロナまで運ばれ、そこで一気に解き放たれている。そう考えないと、この逆転は説明がつかない。
ではそのエネルギーは、どうやって5,500度の表面を飛び越えて、外側だけを200万度まで熱しているのか。これが「コロナ加熱問題」と呼ばれ、100年近く天文学者を悩ませてきた。
犯人は磁場らしい、というところまで
手がかりはひとつ、ほぼ全員が同意している。犯人は太陽の磁場だ。
太陽はガスの塊ではあるが、内部で電気を帯びたガスが流れていて、強烈な磁場を生んでいる。黒点もプロミネンス(炎のように噴き上がるガス)も、すべて磁場のしわざだ。この磁場が、表面から外へエネルギーを運ぶ通り道になっているらしい。
問題は「運んだエネルギーを、どうやってコロナで熱に変えるか」で、ここに大きく2つの説がある。
ひとつは、小さな爆発が無数に起きているという説。磁場の線がねじれて切れ、つなぎ替わるときにエネルギーを放出する。この極小の爆発は「ナノフレア」と呼ばれる。ひとつひとつは小さくても、太陽の表面全体で絶え間なく起きていれば、合計でコロナを温めるだけの熱になるかもしれない。
もうひとつは、磁場を伝わる波がエネルギーを運ぶという説だ。磁力線がギターの弦のように揺れ、その振動(アルヴェン波と呼ばれる磁場の波)がコロナまで伝わって、そこでエネルギーを落とす。
面白いのはここからで、この2つはどちらか一方が正解とは限らない。研究者の多くは、両方が効いていて、場所や状況で主役が入れ替わると考えている。
見たくても見えない、という厄介さ
犯人の候補はある。なのになぜ決着しないのか。理由のひとつは、コロナがとにかく観測しにくいからだ。
コロナは薄くて暗い。そのすぐ内側で、表面がまばゆく光っている。満月を探すのに真横で花火を焚いているようなもので、強烈な光に埋もれてコロナは普段まったく見えない。
地球からだと、皆既日食で月が太陽本体を隠した数分間だけ、まわりにコロナが姿を現す。昔の天文学者がコロナを腰を据えて調べられたのは、文字どおり日食のときだけだった。
この「邪魔な本体の光を隠す」ために考え出されたのが、コロナグラフという装置だ。望遠鏡の中に小さな円盤を置いて太陽本体をわざと隠し、人工的に日食の状態を作る。まわりの淡いコロナだけを浮かび上がらせる仕組みだ。
NASA が2025年の宇宙ステーション研究の成果として紹介したなかに、この新型コロナグラフ CODEX がある。国際宇宙ステーションに取り付けられ、太陽の外層大気の画像をとらえ始めた装置だ。NASA によれば、CODEX は従来の観測が主に測ってきたコロナの「濃さ」だけでなく、そこから吹き出す太陽風の温度と速度まで測れる。何がコロナを熱し、太陽風を加速しているのかを、同じ現場で同時に見ようという狙いだ。
現場に乗り込んで確かめる
見えないなら、近くまで行けばいい。ここ数年の勝負手は、探査機をコロナのすぐそば、あるいはコロナの中まで送り込むことだった。
NASA の Parker Solar Probe は、まさにそのために造られた。太陽にこれまでで最も近づく探査機で、コロナがどう熱せられ、太陽風がどう加速されるのかを、現場の内側から直接探る。熱に耐えるための遮熱板は約1,377度に耐える設計だという。
1,377度でも溶けずに済むのは、通り抜けるコロナが200万度でも薄くてスカスカだからだ。温度が高いこととたくさん熱が伝わることは別物で、ここはサウナと熱湯の違いに近い。90度のサウナには平気で入れるが、90度のお湯には手を入れられない。コロナはいわば、とてつもなく高温だがとてつもなく薄いサウナなのだ。
ESA(欧州宇宙機関)の Solar Orbiter は、別の角度から迫った。2020年、初めて太陽に接近したときに撮った画像で、表面のあちこちに無数の小さな閃光が写っていた。研究チームはこれを「キャンプファイア」と名づけた。大きなフレアの小型版なのか、別の仕組みで起きているのかはまだ分からない。
ただ、ESA の発表で研究者のひとりは、これらを太陽全体で足し合わせれば、コロナ加熱の主要な担い手になっている可能性があると述べている。先ほどの「無数の小さな爆発がコロナを温める」という説に、観測が初めて具体的な顔をつけた瞬間だった。
CODEX、Parker Solar Probe、Solar Orbiter。角度の違う3つの目で同じ謎を囲んでいる。それでもまだ、犯人はひとりに絞り込めていない。
この逆転は、地球の空にも届いている
遠い太陽の話に聞こえるかもしれないが、コロナは私たちの空ともつながっている。
200万度まで熱せられたコロナのガスは、熱すぎて太陽の重力に縛りきれず、宇宙へ流れ出す。これが太陽風、つまり太陽から絶え間なく吹き出す荷電粒子の流れだ。地球まで届き、極地の空でオーロラを光らせ、ときに強まれば通信や送電網を揺らす。
つまり、オーロラを見上げるとき、私たちは「なぜコロナが表面より熱いのか」というまだ解けない謎の、その余波を眺めていることになる。
もしあなたが太陽の表面にふわりと浮かんで上を見上げられたとしたら、頭上の薄い大気のほうが足元より数百倍熱い、という奇妙な場所に立つことになる。その逆転の正体を、いまこの瞬間も、太陽に突っ込んだ探査機が一行ずつ書き取っている。