彗星の写真をじっくり見たことがあるだろうか。
あの長い尾、ぼんやり光って夜空をよぎる帯。漫画やアニメだと「シュッ」と一本線で描かれがちだが、実物はもう少し複雑だ。本気で撮影された彗星の写真をよく見ると、尾が2本に分かれている。向いている方向も、色も、質感も違う。
なぜ2本なのか。なぜ方向がずれているのか。これは太陽と彗星のあいだで起きている、物理的に面白い現象だ。正直、これを最初に知ったときは「ああ、だから昔見た写真はああ見えてたのか」と納得感がすごかった。
今日はその話をしたい。
彗星はそもそも何でできているのか
まず彗星本体の話から。彗星は太陽系のはじっこ、冥王星よりもっと遠いところに大量にいる。ほとんどが「汚れた雪玉」と表現される天体で、氷と岩石とちりが混ざったかたまりだ。大きさはせいぜい数キロから数十キロ。山ひとつぶんくらい。
何十年、何百年、ときには何千年に一度、その中のいくつかが軌道を変えて太陽のほうへ落ちてくる。近づくにつれて太陽の熱が彗星を温め、氷が溶け始める。
正確に言うと、溶けるというより「昇華」する。宇宙空間は真空に近いから、氷は液体を経ずに直接気体になる。ドライアイスが机の上で煙を立てるのに似ている。
太陽に近づくほど昇華は激しくなる。彗星が太陽から約3天文単位(地球〜太陽の距離の3倍)以内に入ると、水の氷が本格的に蒸発を始める。もっと遠い段階では一酸化炭素や二酸化炭素の氷が先に昇華するから、実は彗星の活動は地球の軌道より外側から始まっている。
この気体といっしょに、氷に閉じ込められていたちりの粒も放出される。彗星の本体(核という)のまわりにモヤモヤと広がる雲ができる。これが「コマ」と呼ばれる部分で、彗星が「頭」みたいに見える原因だ。
ここまでは、まあ、多くの人がなんとなく知っている話かもしれない。問題はこのあとだ。放出されたガスとちりが、どうやって「尾」になるのか。
ちりでできた尾と、電気を帯びた尾
コマから放出された物質は、大きく2種類に分かれる。
ひとつはちりの粒。岩石質の細かい粒で、大きさはタバコの煙くらいから砂粒くらいまで。もうひとつはガス分子。水、一酸化炭素、二酸化炭素などが太陽の紫外線を浴びてイオン化し、プラスの電荷を帯びた粒子になる。
この2つは、性質がまるで違う。質量も違えば、反応するものも違う。だから太陽から受ける「押し返す力」もまったく違ってくる。結果として、同じ場所から出発したのに、別々の方向に尾が伸びていく。
- 白っぽくて、ゆるやかに湾曲している尾 → ちりの尾(ダストテイル)
- 青く光って、ほぼ真っ直ぐ伸びている尾 → イオンの尾(イオンテイル)
この2本が、彗星からV字に分かれて空に描かれる。見慣れると、どっちがどっちかすぐわかるようになる。
ちりの尾を押しているのは「光」
面白いのはここから。ちりの尾を押し返している力は、実は「光」だ。
光には圧力がある。これを「光圧」とか「放射圧」と呼ぶ。太陽から出てくる光の粒(光子)が物体にぶつかると、ごくごくわずかに押す力を与える。日常生活ではまったく感じないレベルなんだが、宇宙空間で相手がタバコの煙くらいの粒になると話が変わってくる。
ちりの粒は小さくて軽い。そのくせ表面積はそれなりにあるから、太陽光の圧力をじわじわ受ける。結果、太陽と反対方向にゆっくり押し流される。
ただし、ちりの粒にはそれぞれ勢いがある。彗星本体が公転軌道上を動いている以上、放出されたちりも同じ方向に飛び出している。そこに光圧がじわっとブレーキをかける感じだ。
なのでダストテイルは、太陽と反対方向に真っ直ぐ伸びるというより、少しだけカーブを描く。彗星の「通ってきた軌道」に沿うように湾曲した、ふんわりした尾になる。
色はちりそのものの色 ── つまり太陽光を反射した白や黄色っぽい色だ。
ちなみにダストテイルの長さは、条件がよければ数千万キロメートルに達する。地球から太陽までの距離が約1.5億キロだから、その数分の1にもなる帯が宇宙空間にたなびいている。写真で見ると優雅だが、スケールを考えるとちょっと怖い。
イオンの尾を押しているのは「太陽風」
一方、イオンの尾はぜんぜん別の力で動いている。押しているのは「太陽風」だ。
太陽風というのは、太陽から絶え間なく吹き出している電気を帯びた粒子の流れ。電子や陽子が秒速400キロとか600キロとかでぶっ飛んでくる。地球の磁気圏にぶつかるとオーロラの原因になる、あの粒子の流れだ。
これが彗星から出てきたイオン(電気を帯びた粒)に作用する。ちりと違って、イオンは電磁的な相互作用で一気に引きずられる。光圧みたいに「じわっ」じゃなくて、「ぐいっ」と太陽と反対方向に押し流される。
しかも太陽風はほぼ一定の方向から吹いてくる。だからイオンテイルは彗星の軌道なんか無視して、ただひたすら太陽と反対方向に真っ直ぐ伸びる。
色は青い。これは一酸化炭素イオン(CO⁺)が太陽の光を受けて励起され、青い蛍光を発するせいだ。夜空に浮かぶ青い筋、あれがイオンテイルの正体ということになる。
太陽風が乱れると、尾がちぎれる
イオンテイルにはさらに面白い性質がある。太陽風の様子が変わると、尾の形が変わるのだ。
太陽の表面では、フレアやコロナ質量放出(CME)と呼ばれる爆発現象がときどき起きる。大量の粒子が一気に放出されると、普段吹いている太陽風に「突風」が乗っかる感じになる。
これが彗星のイオンテイルにぶつかると、尾がちぎれて流れていくことがある。実際にハッブル望遠鏡や地上の望遠鏡で、尾の一部がブチッと切れて太陽と反対方向に飛んでいく様子が何度も撮影されている。「ディスコネクションイベント」と呼ばれる現象だ。
この現象のおかげで、彗星は太陽風を観測するための「天然の風向計」として使われることもある。彗星を見ていれば、地球に届く前の太陽風の状態がわかることがあるというわけだ。
ちりの尾はこういう急な変化をしない。光圧はCMEがあろうと淡々と働き続けるし、ちりは電気を帯びていないから太陽風の影響も受けない。こういう違いも、2本の尾が別物であることの証拠のひとつになっている。
彗星の尾は太陽の方向を教えてくれる
最後に、ひとつ覚えて帰ってほしいことがある。
彗星の尾は、「彗星が進んできた方向」を示しているわけではない。子供のころ、彗星を流れ星の親戚みたいに思っていた人もいるかもしれない。進行方向に尾を引いて飛んでいくイメージ。
でも実際は逆だ。彗星がどんな方向に動いていようと、尾は必ず太陽と反対側を向く。太陽から離れる方向に押し返されているからだ。
だから彗星が太陽を回って遠ざかっていくフェーズでは、驚くべきことに「尾のほうが先、頭があと」という状態で動いている。尻尾が進行方向に向かって伸びているわけで、これはかなり奇妙な光景だ。
夜空で彗星の写真を見る機会があったら、ちょっと気にしてみてほしい。太陽がどっちにあったか。尾はどっちに伸びているか。そして白い尾と青い尾、両方写っていれば、白いほうは彗星の道をなぞっていて、青いほうはただ真っ直ぐ太陽風に吹き流されている。
同じひとつの天体から出発した物質が、受ける力の違いだけで2本に分かれていく。宇宙の物理って、こういうふうに「見た目」として現れることがたまにある。そういう瞬間は、わりと好きだ。