毎年5月の明け方、空に光の線が走る。地味なようで、実はこれ、人類が何千年も記録し続けてきたハレー彗星の「忘れ物」だ。
エータ・アクアリイド流星群(η-アクアリイド)は、5月4〜6日ごろにピークを迎える。北半球の日本では1時間あたり20〜40個ほどだが、南半球のオーストラリアやニュージーランドでは50〜80個以上に跳ね上がる。なぜ同じ流星群なのに場所によってこんなに差がつくのか。そしてそもそも、あの光の線の正体は何なのか。
流星群の「親」はハレー彗星だった
流星群には必ず「親天体」がいる。エータ・アクアリイド流星群の親は、あのハレー彗星だ。
ハレー彗星は約76年周期で太陽の周りを回っている。最後に太陽に近づいたのは1986年で、次は2061年ごろの予定だ。この彗星が太陽に近づくたびに、表面の氷が蒸発して大量のちりやガスをまき散らす。それが彗星の「尾」として光って見えるわけだが、そのちりは軌道上にそのまま残り続ける。
何千年にもわたって積み重なったちりの帯が、今もハレー彗星の軌道に沿って広がっている。地球は毎年同じ時期にその帯を横切る。5月初旬の交差分が「エータ・アクアリイド」、10月下旬の交差分が「オリオン座流星群」だ。どちらもハレー彗星の残した遺産で、年に2回も楽しめるのは地球がたまたまうまい位置を通るからにすぎない。
流星が光る仕組み ── 「燃える」のではなく「蒸発する」
「流れ星は大気で燃える」という表現がよく使われるが、厳密には少し違う。正確には「高温プラズマになって発光する」現象だ。
彗星のちりは直径0.1ミリから数センチ程度の小さな粒だ。これが地球の大気圏に飛び込んでくる速度は、エータ・アクアリイドの場合、秒速約66キロ(時速約24万キロ)。新幹線の約900倍の速さだ。
この猛スピードで大気分子に衝突すると、衝撃波で粒子の表面温度が数千度まで跳ね上がる。表面はあっという間に蒸発し、周囲の大気分子ごとイオン(電荷を持った粒子)に変わる。このイオンが元に戻るとき、エネルギーを光として放出する。それが流星として見える光だ。
発光が起きるのは、高度80〜120キロ付近の中間圏から熱圏にかけての領域。飛行機の巡航高度(約10キロ)のはるか上空で起きている現象だ。
流星の光の色は粒子の成分で変わる。マグネシウムは青白く、カルシウムはオレンジ、ナトリウムは黄色く光る。同じ空で複数の色が混ざることもある。
南半球でより豪快に見える理由
エータ・アクアリイドのユニークな特徴の一つが、南半球で特に見やすいという点だ。これは「輻射点」の位置関係で決まる。
輻射点とは、流星がそこから飛び出してくるように見える空の一点だ。流星群の名前になっている「みずがめ座η(エータ)星」の付近がそれにあたる。実際には流星たちはほぼ平行に飛んでいるが、遠近法で一点に集まって見える。鉄道のレールが遠くに行くほど一点に収束して見えるのと同じ理屈だ。
この輻射点の位置が、南半球から見ると空の高いところに昇る。高いところから降り注ぐため流星の数が多く見え、明け方の数時間にわたって豊富な流星が楽しめる。
一方、北半球では輻射点が地平線のすぐ上にしか昇らない。流星は横方向に走るように見えるため、空の狭い範囲にしか広がらない。1時間あたりの観測数も南半球の半分以下になりやすい。
ただし北半球にも「地を這うような」流星という独特の美しさがある。長い軌跡を残しながらゆっくりと水平に流れる流星は、南半球では見られない北限の光景だ。
「アーススレーザー」と呼ばれる長い尾の謎
エータ・アクアリイドは、流星の中でも特に長い光の尾を引くことで知られる。これを「アーススレーザー(Earth-grazer)」と呼ぶことがある。日本語にすると「地球をかすめるもの」だ。
通常の流星は大気に垂直に近い角度で飛び込み、数秒で燃え尽きる。ところがエータ・アクアリイドでは、低い角度で大気に入ってくる粒子が多い。角度が浅いほど大気の中を長い距離にわたって通過するため、光る時間が長くなり、長く尾を引いて見える。
日本(北半球)でこそ輻射点が低いため、まさにこの「かすめるような」軌道の流星が多く出現しやすい。「数は少ないが一本一本が長い」という北半球での観測条件は、必ずしもデメリットとは言えない。
また、特に明るい流星(等級マイナス4以上の「火球」)はときに昼間でも目撃されるほど輝く。こうした火球は、もともとのちり粒子が大きかった証拠だ。
観測のベストタイミングと条件
ピークは毎年5月5〜7日ごろで、特に夜明け前の2〜3時間が狙い目だ。理由は簡単で、明け方には地球が「進行方向」に向いているため、流星との正面衝突が増え数が多くなる。夕方は地球の「後ろ側」になるため少なくなる。
観測の条件としては、月明かりが少ないことが大前提だ。2026年のピーク日付近は月の状態にもよるが、月が出ていない深夜から夜明け前が見頃になりやすい。
装備は何も要らない。双眼鏡も望遠鏡も不要で、肉眼で見るのが正解だ。視野が広いほど多くの流星を拾えるので、あおむけに寝転がって広い空を眺めるのが一番効率がいい。
光害の少ない場所に行けるならなおよい。市街地より郊外、山間部では数が一段と増える実感が得られる。
ハレー彗星と2061年
エータ・アクアリイドを見ていると、ふと考えることがある。今、大気で光っているちりの多くは、ハレー彗星が何百年も前に通ったときに残したものだ。中には1000年以上前に軌道を離れた粒子が含まれているかもしれない。
ハレー彗星を肉眼で最初に記録した人類は紀元前240年の中国の天文観測者たちだ。その彗星が残した痕跡が、今も毎年5月の明け方に光っている。
次にハレー彗星が太陽に近づくのは2061年ごろの予定だ。そのとき現在生きている人の多くはまだ生きているかもしれない。今ピークを迎えているエータ・アクアリイドを見ながら「あの彗星の本体を自分で見ることができるだろうか」と想像するのも悪くない。
宇宙の時間軸で言えば、一人の人間の生涯にハレー彗星が2回来ることは珍しくない。1986年に見た人は2061年にもう一度見られる。毎年5月の夜明け前に光る流星は、その約束の前借りだ。
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