太陽の表面を紫外線カメラで撮ると、たまに黒っぽい大きな領域が映し出される。形は不定形で、地球が何十個も入るほど広かったりする。これが「コロナホール」だ。
名前を聞くと穴というより病気か傷みたいな響きだけど、実際には太陽を傷つけているわけじゃない。正確に言うと、コロナ(太陽の外層大気)の中で、磁場の構造が他の場所と根本的に異なる領域のことだ。そしてこの「穴」こそが、地球の宇宙天気を左右する主役のひとりだったりする。
太陽の表面はなぜ「穴」に見えるのか
太陽のコロナは、表面温度が約6,000ケルビン(K)なのに対して、なぜか100万Kを超える超高温の場所だ。この逆転した温度構造がなぜ生じるのかは、じつはまだ完全には解明されていない。宇宙物理の有名な未解決問題のひとつである。
コロナのなかで、コロナホールはまわりより少し温度が低い。0.7〜1.0メガケルビン程度、つまりほんの数十万Kほど周囲より涼しい。これは相対的な話で、地球から見れば依然として信じられない高温なのだが、コロナ全体でみるとやや暗くて冷たいエリアとして紫外線画像に写る。だから「黒く見える穴」になるわけだ。
でも、コロナホールが特別なのは温度ではない。磁場の構造が決定的に違うのだ。
通常のコロナでは、磁場線はループ状に閉じている。プラズマ(荷電粒子)は磁場線に沿って動くため、ループで閉じていればプラズマは宇宙空間へ逃げ出さない。ところがコロナホールでは、磁場線が一方向に開いたまま宇宙へとつながっている。蛇口の開いた水道管と同じで、ここではプラズマが宇宙空間に向かってひたすら流れ出し続ける。それが「太陽風」だ。
秒速650キロの風が吹いてくる
太陽風はコロナホール由来のものとそうでないものとで、速さがかなり違う。
通常の太陽風は秒速300〜400km程度。それでも相当速いのだが、コロナホールから噴き出す高速太陽風は秒速650〜800kmに達する。倍近い速度差だ。これは磁場線が開いているせいで、プラズマが加速されやすい構造になっているからだと考えられている。
太陽から地球までは約1億5,000万km。この距離を高速太陽風は2〜3日で走り抜ける。光でも8分かかる距離なのに、である。
で、地球に到達したとき何が起きるのか。
太陽風は荷電粒子(主に陽子と電子)の流れだから、そのまま地表に降り注いでくるわけではない。地球は磁場(地磁気)を持っていて、通常はこれが盾になって太陽風のほとんどを弾き返す。だが、太陽風の磁場の向きがうまく地球の磁場と絡み合う向きになったとき、「磁気再結合」と呼ばれるプロセスが始まって、粒子が磁気圏に入り込んでくる。これが地磁気嵐(ジオマグネティックストーム)だ。
88%の穴が「偏った磁場」を持っていた
最近、コロナホールの予報精度を上げるための研究が進んでいる。
ニューメキシコ州立大学の研究チームは、NASAの太陽観測衛星「SDO(Solar Dynamics Observatory)」のデータを使って、70個のコロナホールを詳しく分析した。その結果、面白いことがわかった。コロナホールの約88%で、磁場が一方向に偏っていたのだ。
磁場の偏り(一方の極性が圧倒的に強い状態)があるほど、太陽風の速さは増す傾向がある。言い換えると、コロナホールの形や磁場の偏り具合を見れば、「この穴からどのくらい強い太陽風が来るか」をある程度予測できるということだ。宇宙天気予報の精度向上につながる発見である。
宇宙天気予報というのは、現在もNOAA(米国海洋大気庁)などが実際に運用している。「明日G1レベルの地磁気嵐が発生する見込み」みたいな情報が毎日更新されていて、衛星の運用会社や航空会社、電力会社などが参考にしている。
GPSが狂い、送電網が揺れる
地磁気嵐が起きると、何が困るのか。日常に一番関係するのはGPSだろう。
地磁気嵐は地球の電離圏(高度約60〜1,000kmの大気上層部)を乱す。GPS衛星の電波は電離圏を通過して地表の受信機に届くのだが、電離圏が乱れると電波の進む速さや方向が微妙に変わってしまう。結果として測位誤差が生じ、センチメートル精度のGPS測量や自動航行システムが影響を受ける。
もっと深刻なのが送電網だ。地磁気嵐が起きると地表に誘導電流(GIC)が流れる。これは長距離の電力線や変圧器に余分な電流を押し込む形で作用する。1989年3月には実際にカナダ・ケベック州で大規模な地磁気嵐が起きて、900万人が9時間以上停電した。コロナホール由来の太陽風がトリガーになった可能性も指摘されている事例だ。
衛星も影響を受ける。地磁気嵐のときは大気の上端部がわずかに膨張し、低軌道衛星にかかる大気抵抗が増す。衛星の軌道が変わってしまうため、補正が必要になる。地球観測衛星から通信衛星まで、軌道管理は宇宙天気と切っても切れない関係にある。
一方で、地磁気嵐のメリットもひとつだけある。オーロラだ。太陽風の粒子が磁力線に沿って極域の大気に飛び込み、窒素や酸素と衝突して光を出す。緑・赤・紫と色が違うのは、衝突する大気成分と高度が違うから。コロナホールが赤道に近い位置に現れると、普段はオーロラが見えない中緯度の地域でも空が光ることがある。
コロナホールはいつ現れるのか
コロナホールは太陽活動の周期(約11年)と複雑に連動している。
太陽活動の極小期(黒点が少なくなる時期)には、コロナホールが極域に安定して存在する。太陽の北極や南極に張り付くように数ヶ月から数年間持続することもある。このとき、地球には定常的な高速太陽風が吹き続ける。
活動極大期に向かうにつれて、コロナホールは赤道方向に移動したり、形が複雑になったりする。赤道付近にコロナホールが現れると、地球が太陽の自転(約27日)に合わせてそこを通過するたびに高速太陽風の影響を受ける「繰り返し型」の地磁気嵐が起きやすくなる。
もうひとつの太陽嵐の主役である太陽フレアやコロナ質量放出(CME)と比べると、コロナホール由来の地磁気嵐はやや地味な扱いをされがちだ。CMEは突然起きて規模も大きい。対してコロナホールは「ゆっくり、じっくり、繰り返し」という印象がある。だが繰り返し型の地磁気嵐が続くと、インフラへの累積的なダメージが無視できなくなってくる。
太陽の「性格」を読む試み
正直、宇宙天気予報はまだ発展途上だ。天気予報が70年かけて精度を上げてきたように、宇宙天気予報も地道に精度を積み上げている段階にある。
コロナホールの88%が磁場の偏りを持つという知見は、「この穴がどのくらい危ないか」を予測するための新しい手がかりになる。磁場が大きく偏ったコロナホールが赤道近くに現れたら要注意、という読み方ができる。
太陽観測衛星は今もリアルタイムで太陽を見続けている。NASAのSDOは毎秒大量の画像を撮影し、地球から見て太陽の裏側(自転の関係で2週間ほど見えない)も、別の衛星が補う形で監視が続く。1億5,000万km先の「穴」の状態を追いながら、地球に来る嵐を2〜3日前に察知しようとしている。
宇宙天気を意識しながら夜空を眺めると、見えている太陽のイメージが少し変わる。あの静かに輝く光の玉が、今この瞬間も見えないところで穴を開けて風を吹かせているのだと思うと、少し身近に感じるというか、落ち着かないというか。両方かもしれない。