「おじいちゃん、岸本さんまた来た」
孫の美咲が声をかけると、吉村は眼鏡も外さずに「ああ」と言った。
岸本という六十がらみの男は、去年も同じ時期に同じ懐中時計を持ち込んだ。一年前に吉村が丁寧に整備した、古い機械式のやつだ。今年も「狂いが出て」と言って置いていった。なんとも不思議な話だが、岸本本人は全然怒っていない。むしろどこかほっとしたような顔で、「また頼みます」と頭を下げた。
美咲が手伝いを始めて、まだ一年も経っていない。だがすでに、変なことに気づいていた。
秋になると別の常連がアンティークの置き時計を持ってくる。春には鳩時計の女性、六月になると壁掛けを抱えた男。みんな「また狂った」と言う。みんな、吉村の直した時計だ。
「おじいちゃんの修理に欠陥があるんじゃないの」
さすがに言ってみた。言い方は悪かったかもしれない。
吉村はしばらく黙って時計のケースを磨いていた。それから、
「機械式はなあ、磁気に弱いんだ」
と言った。
「磁気?」
「精密なバネとか歯車が、磁気を帯びると狂う。そういうものだ」
「でも毎年決まった時期に?」
「まあな」
それきりだった。
美咲はひとまず調べてみた。機械式時計が磁気で狂うというのは、本当らしかった。ただ、なぜ毎年同じ時期なのか。
答えは国の研究機関のサイトにあった。地球の磁場は、遠くからやってくる何かのせいで、毎年決まった時期に乱れる。春から夏にかけて、そして秋の入り口。予報も出るが、止める手立てはない。
美咲は日付を確かめた。岸本が来た日と、去年の磁場の乱れのピークは、一週間しか違わなかった。
「ねえ、おじいちゃん——」
台帳を見ようとして、美咲は手が止まった。
いちばん下のページに、吉村の字で一行書いてある。定規で引いたような、几帳面な字だ。
「次回 六月初旬」
奥から吉村が顔を出した。
「……まあ」
少し間を置いて、ぼそっと言った。
「岸本さんのは二週間預かっとくといい。あの人、また同じ時期に来るから」
美咲は台帳をぱらぱらとめくった。前のほうに古い紙がはさまっていた。几帳面な字で周期の記録があって、いちばん上の日付は十五年前だった。
奥で、吉村が岸本の懐中時計のケースを開き始めた。